中川駅に二人で降りる。

陽子の家は、駅の反対側で歩いて四、五分だった。

でも二人は真っ直ぐ陽子の母・節子の働いている農協直売所へ向かった。


節子は此処でレジを担当していた。

元々三峰で土産物屋だったから、ピッタリの職場だった。


陽子の母親らしい明るい節子。

翼もこの節子が大好きだった。


夜祭りの日は山梨県から大勢の観光客が雁坂トンネルを通ってやってくる。

だから休む訳にはいかなかったのだ。

農協脇にある蕎麦店も賑わっていた。
秩父は蕎麦どころで、特に荒川地区は有名だった。


二階にある陽子の部屋からは、秩父鉄道の線路が丸見えだった。

どちらからともなくキスをする。
翼の手が陽子の太ももに触れる。

陽子は思わず躊躇する。


(このまま翼を受け入れたい。あぁ~、でもまだ早過ぎる)


陽子は翼の手に自分の手を重ねた。


小さい頃から活発で男女分け隔てなく遊んでいた。

遊ぶのに夢中で、異性への愛情なんて感じた覚えもなかった。

陽子には翼が本当に初恋の相手だった。

最初の頃。
同情だと思っていた。

忍からも翼のことは時々聞いていた。

それなのに、堀内家で遭った時、翼を翔と間違えた。

それ程眼中になかった。

そんな翼が掛け替えのない存在になっていく。

初めて知った。
人を愛する喜び。
陽子はそれがたまらなく嬉しかったのだった。




 性同一性症候群ではないかと思っていた。
異性に魅力を感じないのは、きっとそのせいだと信じるようになっていた。


きっと自分はロリコンかなんかで、だから保育士が夢になったのだろう。

そうも考えていた。

でも本当はロリータコンプレックスの意味も詳しくは知らない。

だからもしそうだったとしたら、もっと怖いと思っていたのだった。


辛くて永かった悩みの日々は、翼との出逢うためだったと今は信じている。


だから、陽子は目を閉じた。

全てを翼に委ねるつもりになって。