SLが煙を吐きながら、二人が待つ熊谷駅ホームへと入って来る。

写真撮影をする人、乗り込もうとする人。


様々な人々の思いを乗せて十時十分、定刻通りSLは出発した。


座席は指定席ではなく、自由席にした。

探検するためだった。


「あれ何?」

陽子の言葉で振り向くと、後ろに真っ黒い人が歩いていた。


「何だ!?」

翼は首を傾げた。


それはご当地のゆるキャラで、SLの車両基地近くに住んでいる。
らしいことが判明した。

待ちきれない男の子が隣まで来て、盛んに説明していたので解ったことだったが……。


SLとブルーラインのキャラクター達は気軽に写真撮影に応じていた。

やっと順番のきたその子も、万べんの笑みを浮かべながら母親のデジカメに収まっていた。




 SLが駅に着く度歓声が上がる。
無数のフラッシュがたかれる。


翼と陽子は二人掛けの座席でただぼんやりと互いを見ていた。

確かに二人は平和な時代に生まれた。

でも本当に平和なのだろうか?

心に平和が足りない人が多過ぎて、悲しい事件があり過ぎる。


翼は、星川で散った犠牲者に心の中で手を合わせながら、今二人でいる幸せを噛み締めていた。




 SLが三峰口駅に到着した。

陽子と翼は駅から出て、三峰神社行きのバス停に向かった。

でもバスは既に出発した後だった。

陽子は翼に自分の産まれ育った場所を見せたかったのだった。


陽子は溜め息を吐いた。


「しょうがない! 転車場でも見る?」

翼は頷いた。




 転車場へと続く道には役目を果たした秩父鉄道の車両が展示してあった。

コンテナ式の物。
荷台だけの物。
二人は一台一台登って、感触を確かめていた。


SLは一向に動かない。


「何時転車するんだろ?」


「解らない。ねえ翼諦めて、中川駅に行かない? 母が翼に会いたがってるの」

SLの来ない転車場。

まだかまだかと待つ人々。

その間をくぐって、二人は駅に急いだ。

その時SLが少しずつ動いたように思えた。
それでも二人は三峰口駅の改札口を目指した。


SLの転車時間に発車する電車。

乗客達はホームの上から、このイベントを見ていた。