小さな丘に登っただけで、見る景色が変わる。

二人は翼の住んでいる家を見つけようと競い合いながら笑っていた。


陽子の指先が又翼に触れる。
その度翼は緊張する。

又かと思いながらも、陽子は愛しさがこみ上げて来るのを止められない。


「あれっ翼。腕時計持っていないの?」

翼の腕に触れた時、思わず言ってしまった陽子。

突然の陽子の質問に驚き、翼は陽子と繋いでいた手を離した。




 「あ……。ごめん」

とてもイヤな沈黙。

家族にプレゼントして貰えるはずのない翼を、不本意な一言で傷付けてしまった陽子。


(御両親を差し置いてまで、堀内家が買ってあげられるはずもないのに)

陽子は落ち込んでいた。


「今まで困らなかったから持っていないだけだよ」

たまりかねて翼が言った。

その優しさが陽子の胸を締め付けた。

永い永い沈黙。

陽子は良い解決策がないかと頭を悩ませた。


ふと、周りを見ると戦没者慰霊碑がある。
陽子はこの苦しい時間を何とか打破したくて、その塔を見つめていた。




 「あ、そうだ!」
そう言いながら陽子はバッグの中に手を入れた。


ガサゴソ陽子が何かを探してる。

出てきたのはダイバーウォッチだった。

陽子は躊躇わずに翼の腕に装着させた。


「えっ!」
翼は思わず驚きの声を上げた。


「もう要らないから翼にあげる。ごめんね本当に」
陽子は翼を優しくハグしながら、心無い一言を誤っていた。


陽子のダイバーウォッチは翼の腕で又輝きを取り戻したようだった。




 三峰で育った陽子は,泳ぎが不得意だった。


土産物屋の自宅からロープウェイ入口駅まで行く途中に赤い橋があり、谷底を荒川が流れている。


其処から下を見ると引き込まれそうになる。


そんな場所では、遊べる訳もない。

勿論下りるための道はある。

でも陽子は怖くて近寄れなかった。


水遊びは小さなビニールのプール位だった。


だから小学校のプールでも、カナヅチで通した陽子だった。


でも保育士になるために必要だと判断して、通っていた短大の近くのプールで特訓していた。

その時使用していた物だった。


ミューズパークに向かう赤い巴川橋に反応したのは、そんな理由だったのだ。