孝は大学で建築学を専攻していた。
父親はアパートなどの不動産を沢山所持する資産家だった。
だから少しでも役に立ちたいと思って大学に入ったのだった。

でもそれは誰にも内緒にしていた。
驚かせたかった。
喜んでもらいたかった。

大学の卒業が決まる年。
孝の父親が長い闘病生活の末に亡くなった。


兄は悲しみにくれながらも気丈に喪主を務めあげた。
孝はそんな兄を影から支えた。


母親を幼い時に亡くしていた兄弟に、父は財産分与の遺言を残していた。
アパートなどの不動産を相続した孝は、働かなくても食べていけるようになった。




 大学時代に形だけ就職活動もしていたが、父親が長くない事実を知り止めていた。
少しでも傍にいて親孝行をしたいと思ったのだ。


そうすることで、孝は莫大な財産を受け取ることが出来たのだった。


でもそれが目的ではないのは兄が理解していた。

孝の大学専攻の本当の目的が、父のためだと言う話も聞いていた。
リフォームの技術を身に付けたら、父に打ち明けようとしていたことも。
孝の心意気は確かに兄にも伝わっていた。
だから何も言わず、遺言書に従ったのだった。




 孝は一生懸命だった。
本気で、薫との結婚を夢に描いていた。


そのために上町にあるオンボロのアパートをリフォームすることにした。

昭和の時代を彷彿するような木造二階建ての古いアパートは、孝の力で生まれ変わろうとしていた。


それと同時に、孝は趣味であるテニスを後輩の薫とやりたくて、空き地にテニスコートを作り上げた。


孝は本当に真面目だった。
何時も電車で逢う薫と、愛に満ちた生活を送ろうと考えていたためだった。


結婚式の日取りなどを決める口固めの日。

出会ってしまった香と孝。
運命の皮肉さを恨んだ。

そして、本当に愛しているのは香だと気付き半狂乱になりながらも冷静に行動を起こす。

それは誰にも言えない、卑劣な行為だった。