線路の下のガードを潜る。

その先に長い一本道。
右側に工場。

更に歩くと左側に地蔵堂。

明智寺と同じように赤い帽子を頭に被っていた。


陽子はそっと近付いて、又合掌した。
翼も後に続いた。


横には橋があり、その下に線路があった。


「さっきは上で、今度は下か……」


「それだけ上り坂だったって言うことかな」

陽子は、翼の手を取った。


「ねえ翼、賽の河原って知ってる? 群馬の草津にもあってね。でも、其処では確か西って書くらしいわ」


「名前だけなら……」


「私も良く知らないんだけどね。亡くなった子供達が賽の河原で親を思いながら石を積むと、鬼が出て来て壊すんだって。その子供達を守っているのが地蔵菩薩なんだって」

翼はその話を聞いて、目を輝かせた。


そして、一心不乱に祈りを捧げた。

その姿に陽子は温かい翼の心を感じた。

そして益々翼に堕ちて行ったのだった。


でも本当は、翼の心は泣いていた。

だから子供に戻って、地蔵菩薩に救いを求めたのだった。


賽の河原……

死んだ子供が行くと言われる冥途の三途の川のほとりにあるとされる。
父母の供養のために小石を積み上げて塔を作ろうとすると、たえず鬼に崩される。
無駄な努力とも解釈されるが、それでも子供は小石を積む。
地蔵菩薩はそんな子供を守るために存在しているのだった。
だから辻々で、子供達を見守っているのだ。




 その先は坂道に続いていた。


「此処から観ると凄いな」
翼が歩みを止めた。

翼は秩父の象徴の武甲山を眺めていた。


「負の遺産だって誰かが言っていたわ。でも秩父の人の生活の糧なのよね。みんな其処を知らないのよ」
陽子は友人の言葉を噛み締めながら呟いた。

でもどうしても友人が言ったとは言えなかった。


「負の遺産だなんて……」
陽子が翼の傍でそっと聞こえないように呟いた。


「負の遺産か……」
でも、翼も呟いた。
陽子は慌てて翼を見つめた。


この頃囁かれ始めたこの言葉を勿論翼も知っていた。
でも武甲山がそのように言われていることは知らなかった。

生活の糧と言う言葉も……

でも武甲山は決して負の遺産ではない。
そう……
遺産ではないのだ。
未だに開発され続けいるのだから。