翼は陽子の胎内にいるのが自分の子供だと言うことをハッキリ認識した。


だからその子を守るために、自分の本体だと承知で翔を刺したのだった。

陽子を守るために……
自分の生きる全てを犠牲にしたのだ。

翔は最期の最後で翼として覚醒したのだった。



 「陽子、僕の子供を頼む。陽子のような優しい子供に育ててやってほしい。陽子……僕の太陽」

翼はもう一度陽子を見つめた。


「翔によって気付かされた。陽子は親父に犯されてなんかいなかった。全て翔と僕の妄想だったんだ。ごめん陽子。僕が浅はかだった……」

翼はそれだけ言って、動けなくなった。


(陽子……愛をありがとう。子供を宿してくれてありがとう。その子こそ、僕が生きた証だ。たとえ翔の身体を借りたとしても、その子は紛れもなく僕と陽子の愛の結晶なんだ)

翼は納得したかのように静かに目を綴じた。


翼の腕から……
体から……
力が抜けていく……


「イヤーー!!」

ロープウェイ入口駅に陽子の悲鳴が渦巻た。


「翼教えて!翼の体は何処にあるの? 何処に行けば逢えるの?」

何も聞こえないのか、翼は黙ったままだった。


陽子は信じていた。
もう一度翼の目が開くことを……
だからその時を待っているのだ。


それでも不安が過る。
だからつい悲鳴を上げてしまったのだった。




 『陽子ー!』
節子の声がだんだんと大きくなってくる。

その声で陽子はやっと我に戻って、翼がこと切れていることを確認した。

陽子の目から涙がふき出した。


 節子が息を切らせて坂道を駆け上ってくる。

節子は焦っていた。
早く陽子の元に行きたくて気持ちが急いていた。


でもそれが却って行動を制限する羽目になる。
履き物を突っ掛けにしてしまったのだった。
それが歩行の妨げになる。


トイレに入って手紙を見つけた。

一文字一文字確認する。


そしてことの重要性に気付いて慌て出す。


何が何だか解らない。
何をどうしたら良いのか解らない。


とりあえず外へ出て、そのまま電車に乗ってしまったのだった。
靴など選んでる余裕は無かったのだ。



 廃止された、三峰神社表参道のロープウェイ大輪駅に向かう道。
其処は全面にレンガを敷き詰めたためゴツゴツしていたのだ。

節子は歩き辛い場所を必死になって登って来たのだった。


この先に陽子がいることだけを信じて。