母に苦しみを与える翼。

自分の屈辱を味わせた翼。

何も勉強しなくても、翼は出来ると翔は信じていたのだった。

でもそれは自分の知識だった。
それすら知らず、翔は翼を憎んできたのだった。


全てを翼のせいにしたかった。

愛する母の叱咤激励。

激しい溺愛さえも。




 「それでもやっぱりお前が憎い。お前が翼の前に現れなかったらお袋は苦しまなかった」

翔は再びサバイバルナイフを構えた。


「私のせいじゃない!」
陽子は涙を拭いもせず、翔を見つめ続けた。




 「そうだいいこと教えてやる。翼を殺したのは俺だ。アイツはヒーヒー言いながら死んで行ったよ。嬉しいか! アイツと同じナイフで死ねるんだぜ」


その途端。
翔は思い出していた。
翼を刺したあの瞬間を。


遺体は無かった。
でも確かに刺した。
翔の手に……
翔の心に……
あの瞬間が蘇っていた。




 確かにこのナイフだった。

翔は今。
はっきりとした記憶の中で、翼を殺したことを確認していた。

でも……
翼の遺体は其処には無かったのだ。
翔は妄想の中で翼を刺していただけだったのだ。




 (コイツを殺せば、アイツはもう度と出て来ることはない)

それでも翔はそう思う。
そして翔は再びそのナイフで翼を抹殺することを決めていた。


そう……
陽子が死ねば、翼は魂のよりどころをなくすのだ。


(全ての諸悪は此処にいるコイツだ。そうだ、コイツさえ居なくなれば……)


翔が不気味な笑顔で迫って来る。


「狂ってる。翼助けて!」
陽子は思わず天を仰いだ。

青々とした木々の向こうに、真っ赤な太陽が輝いていた。




 「ねえ翼! どうして私の名前が陽子なのか知ってる?」


「お前何言ってるんだ!?」
陽子の突拍子もない言葉で翔が動揺する。


「翼! あなたは私が太陽だと言ってくれた。でも違う。翼! あなたが私の太陽だったの!」

陽子は我が子を守るためにもう一度身構えた。