「お前が憎い! 翼を変えたお前が憎い! 努力もしないで出来る奴を焚きつけやがって!」

翔が喚いている。
翔は忘れていた。
自分が翼だったと言う真実を。

翔の心体は混濁していた。

自分が何者であるかも忘れて母を愛する、翔と言う人格になりきっていた。




 「翼が何もしないで受かったと思っているの!?」

陽子の脳裏に狂ったように勉強する翼が浮かんだ。


「あなたのお母さんに母親を殺されて! お父さんに私がこんな目に遭わされて! 翼がどんなに苦しんだか! あなたに分かる!?」

陽子は泣きながら本当は優しい翔に問いかけた。

翔は一瞬怯んだ。


「お袋が翼のお袋を? 一体どういうことだ?」


「田中恵さんに聞いたの。薫さんとお義父さんは高校生の時から付き合っていたって」


「ほらやっぱり翼のお袋が浮気相手じゃないか!」
翔はいきり立った。




 「違うのよ! 翼のお母さんが薫さんだったの。香さんも浮気相手じゃないわ。双子だと知らないお父さんが同時に二人を愛してしまったから悲劇が始まったの」


「例の睡眠薬強姦か?」

陽子はうなづいた。


「あなたのお母さんを睡眠薬で眠らせてレイプした。誰の仕業か判らないように工夫して」

陽子はため息を吐いた。


「翼が言ってた。私が眠らされていた時、お義母さんは『私の時にも同じことをしたのね』と言ったと」


翔は頷きながら聞いていた。
そのことは覚えていた。
確かにあの現場で……
薫はそう言った。

翔は翼の意識の中では部屋にいるはずだった。

だから自分もあの時の話を覚えていたのだった。




 「それが薫さんが香さんだという証拠よ。お祖父さんも、義母さんを香と呼んでいた」


翔はしばらくは、おとなしく聞いていた。

翔は本当に知らなかったのだ。

父親の浮気相手の子供。

それだけで翼を憎んだ。

それだけで充分憎む価値はあったのだ。