「まあ翼さん」

何時もなら仕事に出掛けているはずなのに、節子は珍しく家にいた。


(やはり翔さんだと気付かないのね)

普段と変わらないその態度に、陽子は何故かホッとした。


「あ、そうそう。この前の探し物は見つかった?」

節子は言ってしまってからハッとして、口に手を当てた。


「この前此処に来たの?」

陽子の問い掛けに悪びれることもなく頷く翔。
何かを決意したかのように動じない様子に陽子はそら恐ろしさを感じていた。


陽子が逃げないようにするために、ずっと手を離さない翔。


「相変わらず仲がいいね」

節子の言葉にハッとして、慌てて陽子は翔の手を振り払った。


「何もそんなに慌てなくても……。今日は車じゃないんかい?」


「車はお義兄さんが乗って行ったの。同僚の結婚式だって」


「夫婦仲良くかい?」

節子の質問に陽子が頷く。


「天下一品よね。あの夫婦仲の良さは」

陽子が言うと、節子が笑った。


「何言ってるの。アンタの所も相当なもんだよ」

節子は笑いながら二人の肩を叩いた。




 「お母さん、来た早々悪いけどちょっとトイレ借りていい?」

陽子はそう言いながら、又繋がれた翔の手をそっと外した。


(まさか此処までは来ないだろう)

そうは思った。

でも本当は心配だった。


陽子は玄関を出る時持っていたメモ帳に遺書を書き出した。


《自分はもしかしたら殺されるかも知れない》


《きっと翼も何処かで殺されている》


(真実を母に――)

もしかしたら、翔が確かめるために自分の後から入るかも知れない。
それが不安だった。

それでも陽子はペンを走らせた。


(お母さんの愛で……翼を思うその真心で、翼が甦ってくれたら嬉しい)

身勝手だと思っていた。それでも母にすがり付きたい陽子だった。