「あらっ翼さん一人?」

節子は周りを見ながら言った。

玄関のチャイムが鳴り、いそいそ顔を出した節子。

ガラス戸越に翼を見て、てっきり二人だと思ったからだった。

でも其処に居たのは翼ではなくて翔だったのだ。

中川の陽子の実家を訪ねたのは、翼の振りをした翔だったのだ。


「すいません。実はどうしても陽子には言えないことがありまして、あの陽子には内緒に。実は結婚指輪をここに忘れてしまったみたいです」

翔は出来るだけ忠実に翼の真似をした。


「あらっ本当? それは言えないね」
節子は笑いながら翔のために昼食を用意していた。

実は翔は合格祝いに使った車の中で両親が殺されたと推理し、証拠を見つけるためにやって来たのだった。


でも結局何も見つけ出すことが出来ずに、食事の後翔は家に帰らざるを得なかった。




 「今度二人で三峰神社に行こうと思っているのです」

帰りがけに何気なく言った翔。


「あらっ、陽子は嫌がりますよ。噂を気にしていましたから」


「噂?」


「陽子から何も聞いてない?」

首を振る翔。
節子は首を傾げながらも続けた。


「イザナミ・イザナギと言う神様が奉られていて、本当はとても仲の良い夫婦なの。だから縁結びなんだけど、ヤキモチ焼きで別れさせられると言われたらしいの。だから行きはがらないわよ」


「へー、そうなんですか。別れさせられたら大変だ」

翔は三峰神社の方角へ目を向けた。


「縁切りか……俺との縁も切れるかな?」
翔は自分の体に手を当てながら翼に言った。


「珍しい。へー、翼さんも俺だなんて言うのね」
節子の言葉に翔は慌てた。


「いやー、本音が出ちゃいました」
翔は頭を掻いた。
そう……
翼が自分のことを僕と表現するに対して、翔は俺と言っていた。
それはあのクリスマスイヴの翌朝に翼の別人格の発言と同じだったのだ。
でも、そんなことは翔は知らないことだったのだが……


実は翼の別人格の部分こそが翔だったのだ。
だから付き添いのベッドで眠っている陽子には目もくれなかったのだ。




 「でもあくまでも噂は噂。本当は……」
節子は言いたかった。


本当は三峰神社の御神体は夫婦円満の象徴なのだと。
彼処でずっと暮らして来た自分達夫婦を見れば解ることだと。