「しょうがないから、早く並んで一番に流させてもらおうか?」
翼が提案する。
陽子は頷いた。


数年前までは市の開催だった灯籠流し。
それを地元の方々が奮闘することにしたのだと言う。

そのために嬉しいこと。
代金を戴いていた灯籠を無料にしたようだ。


その灯籠がダンボールで運ばれて来た。

二人はそっと中身を見てみた。


苺のパックのような容器に蝋燭が付いている。


「想像していたのとはちょっと違うね」
陽子が精一杯小さな声で囁いた。




 戦火の乙女の像の前に置かれた蝋燭台と線香立て。
二人は線香をあげてから合掌した。
地元の人々が次々とやってくる。


反対側の広場では、さっき見たあの灯籠が並べられ始めていた。


二人は早速先頭に並んで、開始の七時を待つことにした。




 渡された灯籠の蝋燭に火を付ける。
ゆらゆらと炎が揺れる。

スロープのさきにある灯籠流し用の飛び石。
此処より星川の流れに灯籠を置く。
ゆらめく炎が勝に届くことを願いながら、二人は反対側の出口に向かいこの灯籠を追った。


二人はそのまま熊谷駅に向かった。
本当はずっと見ていたかった。
でもそれは我が儘だと陽子は思っていた。
勝の新盆の後片付けを手伝おうとしていたからだ。
確かに翼は堀内家にとっては家族同然だった。
自分はその嫁で、しかも当主の連れ合いの妹。

それでも間借りしている事実は変えられない。


中川では節子が翼を放さないだろう。
だからと言ってアパートを借りたら翼の大学受験に支障が出る。

陽子は陽子なりに悩んで、堀内家に身を寄せていたのだった。




 熊谷駅前では幾重にも積み上げられた提灯に火が入って二人を待っていた。
でも眺めている余裕はなかった。
二人は直ぐに秩父鉄道の駅に向かった。


乗り込んだ電車で二人は名残惜しそうに車窓を見つめて祈りを捧げた。
上熊谷駅までのホンの数分間。
星川が流れている。
終戦前日から当日の深夜。


百名もの命を飲み込んだ星川は、多くの光に包まれて祈りの夜を迎えようとしていた。


祖父、勝の供養のために訪れた熊谷。

秩父駅に戻る電車の中で昼間のペアーシャドーを思い出した翼。
あの影の中に……
勝がいたらと思った。
でも翼は感じていた。
何時でも勝が傍で見守ってくれていることを。