八月十六日。
何時か約束した星川の灯籠流しに、二人は出発した。

勝の送り火を兼ねて……。

本当はそんなつもりで約束した訳ではなかった。
翼も陽子も勝の延命だけを願っていた。


それが現実化して、二人は戸惑ってもいた。




 この日はSLは走っていなかった。
それを知らない二人は二時に御花畑駅にいた。

復路の始発駅の三峰口を発つのが二時だと思ったからだった。


陽子は高等学校卒業時に普通運転免許証は取得していた。
でも短大には学割の利く電車通学にしていた。
だから偶に忍のステーションワゴンを借りて、乗り回していた。

せっかく苦労して覚えた運転技術を忘れないようするためだった。


でも熊谷に行くための車は借りないことにした。
忍と純子夫婦は、この日町役場に休暇届けを出していた。
勿論勝の新盆のためだった。
そんな大事な日に出掛けようとしている二人。
車を貸してほしいとは言い出しにくかったのだった。
いくら忍が貸しても良いと言っていても。




 「やはり、この方が良かったわね」
陽子が耳元で囁く。
翼はくすぐったそうに身をよじった。


(だって車を運転していたら、こんな風にイチャイチャ出来ないじゃない)
陽子は悪戯翼に悪戯したかったのだ。
でも思いとどまった。
今日が勝の送り火だと言うことで熊谷に向かわせてくれた姉夫婦にすまないと思ったからだった。




 厳しい西日が車窓越しに照りつける。
床にはくっきりペアシャドー。
二人はシャッターカーテンを閉めないで影を楽しんでいた。


「暑くない?」

翼は車窓のひさしの下側に手を伸ばした。

でも、陽子は首を振った。


「熊谷って物凄く熱いんでしょう。少し馴れておきましょうよ」

陽子の言葉を聞いた翼は、その手を下げて陽子の指先に重ねた。

そして又影遊びを始めた。


二人が揺れる度に、床に映った影も揺れる。

熊谷までの距離が、物足りない位に二人は恋人同士に戻っていた。