「どうしたの?」
純子が忍を見つめる。


「いや……何でも……ただ寂しくて」

忍はチロチロ燃える火を見ていた。


「ごめん。お前が何時も側に居てくれるのに……。馬鹿だな俺は」
忍は純子の手をもう一度堅く握り締めた。

優しさ溢れる夫婦水入らずの時間。

翼と陽子はそんな仲むつまじい二人に当てられっぱはしだった。

二人は目配せをしながら、そっとその場を離れた。

でも忍と純子夫婦は、二人の気配りに気付かずにずっと寄り添っていた。


「親父達のような夫婦になろうよ。母親の記憶は余りないけどね」

忍は純子にウインクを送った。

純子は忍に手を握り締られたまま頷いた。





 「翼。熊谷には何で行くのかい? 良かったら俺の車使っていいよ」
忍が突然声を掛ける。

翼は一瞬ドキンとした。

邪魔してしまったのではないかと思って。


車は乗りたかった。
でも翼は首を振った。
肝心の免許証を持っていなかったのだ。


「叔父さんありがとう。でも僕免許証が」
そう言おうとした翼。


「何言ってるんだ。車を貸すのは陽子さんだ。無免許のお前に貸したら逮捕されるのは俺だ。おい翼、何時から其処に居る?」


「一応、気を使ったつもりだったんだ」

翼が笑うと忍が照れも笑いをする。


「当てられ放しだったから、かな?」


「当ったり前だよ。叔父さんの愛の炎で!」
翼の大声で叫んだ。

其処には、やっと明るさを取り戻した家族がいた。


何時までも勝の迎え火を愛しそうに見つめていた。




 忍は亡くなった勝のために、移動時に車椅子を取り付けられる工夫をしたステーションワゴンに乗っていた。


陽子は時々、その車で練習をさせて貰っていたのだった。

だから、バレンタインデーの時、一時帰宅した勝を乗せて西善寺までドライブ出来たのだった。

それは陽子にとってかけがえのないものになっていたのだ。


「熊谷の灯籠流しは親父のためでもあるんだろ。それだったら是非使って貰いたいと思ってさ」

忍だって本当は車を使いたいに決まっている。
でも、敢えて言い出したのだ。

忍の優しさは、勝ゆずりだった。

翼を支えた、暖かい家族。

陽子は忍の愛に感謝した。

純子の幸せそうな横顔を見つめながら、足繁く通った日々を思い出していた。


(素敵な夫婦……。私も翼とこんな風に暮らして行きたい)

陽子は素直にそう思っていた。