「……そういや絵心ないやつ、もう一人いたな。くくっ」
「え?」
「ん? あ、いや。何でもない」
先輩が思い出したように柔らかい表情でぽつりと呟いた言葉に反応すると、慌てたように先輩は顔を引き締めて手を左右に振った。
その手をそのままグラスに移し、お酒を飲み干す。
ふぅと小さく吐かれた息と、先輩の伏せられた目線。
そこに“何か”がある気がして、すごく気になった。
今先輩の頭の中には、いったい何が……誰が占めているのだろうか?
“もう一人”って誰? ……知りたい。
先輩が次のお酒を頼もうとメニューに手を伸ばすのが目に入り、私はそれを遮るようにメニューを奪う。
「さきこ?」
「……」
行き場のなくなった手を空に止めたまま、先輩は首を傾げて私を不思議そうな目で見てくる。
先輩の頭の中にいるのが誰なのか……“絵心のないもうひとり”が誰なのかを聞きたいと思った。
……その正体がたとえ“元カノ”だったとしても。
「教えてくれるまでは、渡しませんっ」
「はぁ?」
「もう一人って、って誰ですか?」
「……」
「言いかけの中途半端なんて、私の体に悪いです! 今日眠れなかったらどうしてくれるんですかっ」
「ぶっ。さきこ都合かよ。くくっ」
無理矢理聞き出すようなことをして、もしかしたら機嫌を損ねちゃうかも、と思ったけど、先輩は怒った様子はなく笑ってくれていて、ちょっとだけ安堵する。

