親愛なる母へ




「こんな偶然ってあるのね。この辺りに来ることって、めったにないのに」


やわらかな響きが、不自然に耳に馴染む。

彼女の頭越しに見えた亮の引きつった顔が、笑おうとして失敗する。


「歩くの上手になったでしょ?仕事もしてるの。今日は新しい取引先に資料を届けるよう頼まれて、」


亮をおいて一人で話し始めた声が、突如止まる。

亮が、未央子の方に視線を漂わせたことに気付いたからだ。

女性が振り返る。

黒髪が揺れる。

大きな黒い目が、未央子を捉える。

開きかけた口が、そこで止まる。

未央子は、息を飲む。