親愛なる母へ




未央子には、母親と呼べる存在がいない。

彼女が幼い頃に家を出て行った産みの親がそれだとしても、未央子自身がそれを認めていない。

カットソーの襟元からわずかに右手を滑り込ませ、指を沿わせる。

左側の鎖骨の少し下に、それはあった。

今では指にわずかな窪みを感じる程度ではあるが、おそらく一生消えることはないだろう古傷。

母に殴られた拍子に、木製のローテーブルの角にぶつけて、ぱっくりと割れた名残だ。

血が噴き出したのを覚えている。

母が未央子に残した、唯一の形見だ。