親愛なる母へ




グラスを取った時、何か頭の隅に引っかかるものがあった。

その時に、気付くべきだったのかもしれない。

いや、本当はあの時に気付くべきだったのだ。

中森と会った、あの日に。


「なんで……」


父は無類の紅茶好きなどではなかった。

なぜなら彼が使う茶葉はただ一種類。

未央子は幼少の頃から、この味しか、知らない。

ラグの上であぐらをかいていた父親は未央子を見て、そして目を見開いた。

紅茶を一口含んだ未央子の目から、次から次へと涙がこぼれていたせいだ。


「未央子、どうした?」


彼はうろたえながらも腰を上げ、ソファに座った未央子の肩に触れようとする。

しかし未央子の鋭い視線が、それを拒んだ。


「なんでお父さんがこの紅茶を淹れるの!?」


ふり絞った声は、悲鳴のように響いた。