悲しみを涙で洗い流した今、あの男のことを思い出して込み上げるのは怒りだけだ。
「最悪」
憎々しげに吐き捨てると、
「そうだな」
男は小さく笑う。
それだけで、未央子の怒りを増幅させるに充分だった。
「あんたもね!」
未央子は、男に向かって思い切り顔をしかめる。
しかし彼は、その顔を見て安堵の表情を浮かべた。
「じゃあな。これからは気を付けろよ」
「あんたに関係ない!」
既に踵を返した男の背中を一睨みして、未央子は反対方向に足を向けた。
「最悪……っ」
もう一度そう呟き、未央子は駆け出した。
嫌なものは全て、この場所に置き去りにしようと決めて。


