親愛なる母へ




悲しみを涙で洗い流した今、あの男のことを思い出して込み上げるのは怒りだけだ。


「最悪」


憎々しげに吐き捨てると、


「そうだな」


男は小さく笑う。

それだけで、未央子の怒りを増幅させるに充分だった。


「あんたもね!」


未央子は、男に向かって思い切り顔をしかめる。

しかし彼は、その顔を見て安堵の表情を浮かべた。


「じゃあな。これからは気を付けろよ」

「あんたに関係ない!」


既に踵を返した男の背中を一睨みして、未央子は反対方向に足を向けた。


「最悪……っ」


もう一度そう呟き、未央子は駆け出した。

嫌なものは全て、この場所に置き去りにしようと決めて。