遥か昔。
スペイン・マドリード








外国に関わらず、黒、紫、金が彩る鮮やかな着物を身に付け、胸にはサラシ、背には黒い日本刀を、そして黒の紫がかった髪に紫の瞳の女。



女は美しかった。




街行く人々は振り返りはしない。




その者に、






関わってはならぬからだ。






ハァ、と溜め息をつけば、空気が揺れる。
そして、スペインと日本、このふたつの国では彼女のことを識らぬ者はいないだろう。



――…‥真紅の胡蝶‥…――



それが彼女の通り名だ。

旅を続け、異様な術を操る彼女は、この地、スペインへと、ある奇怪現象を探るべく、所謂テレポーテーションをしいてこの地に降り立った。



が、奇怪現象の元凶は見つからず、もう三ヶ月ほどマドリードにいる。
奇怪現象が多発したマドリードに足を踏み入れた後、彼女は、否、街の人々は、街から一歩も出ることが出来なくなったのだ。



そして今、彼女はある男を待ち、小粋なバーで酒を飲み続けていた。



チリン――チリン――――



ドアに取り付けられたベルが鳴る。
それは、客が来たという合図だ。



「よォ、久々じゃねェか。雅。」



その声にはやや小馬鹿にしたような態度が聞き取れた。
そして、雅と呼ばれた女は、コトン…、と酒瓶をカウンターに置くと、口唇を開いた。



『相変わらずみたいだな。煉。』



煉と呼ばれた男は、水浅葱の髪に、碧い瞳、黒い着崩したスーツに、ピアスや銀のネックレスをした、現代風のホストのような男だった。



その煉にむかって、嫌みったらしく言葉を発した雅。
こんなやり取りは毎度のこと。



「うるせェよ。…しっかし、街から出れねェっつーのはマジだったんだな。」



ガタッ…、と雅の隣のカウンターに堂々と座ると、本題にはいり始めた。