『氷雨さん』


電話の向こう、
誰かが氷雨の名前を呼んだ。


「悪いっ、少し行かなきゃ」




そう言って、氷雨くんの電話は途切れた。



次に逢える約束すら、
繋げることも出来ずに……。



初めての編み物のマフラーは何とか完成して、
期末テストも何とか、赤点を取らずに終了した1週間後。



その日も氷室さんが部屋を訪ねて来てくれた。

今日の予定は、
学校の課題になってる絞り染めと草木染。



前もって今井さんに材料をお願いしていたので、
クサギの実が、バケツの中には沢山入ってる。


えっと用意するのは、お水1リットルに対して
クサギの実が210g。


今井さんが綺麗に実だけとを選別してくれているから、
私と和花ちゃんがやるのは、
すり鉢で実を潰しながら鍋の中に入れていく。

クサギ=臭木と言われるだけに、
独特の匂いが部屋に広がる。

それでも鍋の中の液体は、
鮮やかな青い色へと変わっていく。


同時に、真っ白い布は地入れと言われる工程となる
水の中へとつけられる。


クサギを暫く煮詰めた後、染液が完成した鍋の中に
地入れの肯定から取り出した絞り部分をあしらった真っ白い布と、
ハンカチに出来る真っ白い布を投入。


更に暫く煮詰めて、鍋の中からゆっくりと取り出した。


真っ白だった布は、
クサギの青い液体を吸収して青い布へと姿を変えた。


「和花ちゃん」

「えぇ、綺麗に行きましたわね。

 次は、媒染【ばいせん】の工程ですわね。
 私はミョウバンで。妃彩ちゃんは、木酢酸鉄で」


和花ちゃんの合図で、次に二種類の液体に
それぞれ染め上げたものを移しいれると、
先ほどまで青色だった布があっという間に変化を遂げた。


ミョウバンで媒染した、和花ちゃんの布は
薄い緑色に、私が媒染した木酢酸鉄では、茶色系へ。


二人して、微笑む私たちをじっと見守っていた氷室さんは、
不思議そうに見つめた。




「良かった……。

 これを乾かしてクッションカバーを縫えば、
 立派なクッションが完成しそうです。

 後は……こっち。
 まだ上手く出来ないから、同じものなの。

 絞り草木染で作ったハンカチ。

 氷雨くんには、草木染の毛糸でセーターとマフラーも今から頑張る予定なんだけど
 氷室さんにもお近づきの印。

 ちゃんと乾かして完成したら貰ってね」



そう言って告げると、
染色したばかりの布を乾かすために一度部屋を出る。