しかし、数分後…長谷川は舌を巻くことになる。

ゲームが進まないのだ。

「先生…」

テーブルに置かれた絵柄の違う二枚のカードを項垂れて見つめながら、男は呟くように言った。

「僕は、何も選ばない。選ぶ意志がない。だけど…勝手に、何かが僕を選ぶんですよ」

男はそこで顔を上げた。

「まるで、今ここにあるカードの一枚のように」

長谷川はその瞬間、にやりと笑うと思っていた。

しかし、男は無表情だった。

いや、無表情も表情なのか。

氷に表情があるならば、男の表情はそれと同じと思うだろう。

「!」

長谷川は絶句した。

今まで、選ぶことを拒否したり、無言の抵抗をする者もいた。

しかし、男は違った。

そのまま、動かなくなる2人を部屋の窓から見ていた刑事が、部屋に入ってきた。

「先生?」

「わかっています」

長谷川は立ち上がった。

「少し水を下さい。彼にも」

「え!」

刑事は目を見開き、男と長谷川を交互に見、

「し、しかし、この男は!何か飲むかときいても、答えませんよ」

最後に男を睨んだ。

「出したら飲みますよ。この男は、自ら選ばないだけです」

長谷川の言葉通り、男は出された水を飲んだ。

男の名は、白水莫大。

数年前までは引きこもりだったが、ふらりと家を出て、今日まで行方不明であった。

しかし、家からは捜索願いは出ていなかった。


(くそ!)

長谷川は水を飲みながら、白水に関して考えていた。

(あいつは、人がナイフを渡し、刺せと言ったら、刺すだろう。しかし、あの少女と少年の無惨な遺体を見たら、違うはずだ!なのに、引き出せない!)

軽く苛立ってしまった長谷川は、カードではなく…直接、犯行に使われた筆記用具と同じものを渡そうかと思い、担当の刑事に頼もうかと口を開きかけた瞬間、先に声をかけられた。

「先生。申し訳ございません。先生のことを信用していない訳ではないのですが、もう1人先生をお呼びしておりまして…」

申し訳なさそうに言う刑事を見て、長谷川は笑顔を向けた。