「貴方様を――貴方をここに呼び寄せたのが我々であることは、既にお気づきかと思いますが」

 間歇的な話し方だった。

 どうやら中途半端な堅苦しさを苦手としているらしい。先程までの流暢な言葉はどこへ消えたか、眉間に皺を寄せながら話すヴィルクスに、小さな笑いがこみあげてくる。

 笑えば容赦なく堅い声が降ってくるだろう。リヒトは無理矢理に顔を引き締めた。

「この世界は現在、未曽有の危機に晒されています。それというのも、魔物と、それを生み出した黒い霧の影響で――」

 言いかけて、彼女はまどろっこしいと呟いた。

「単刀直入に申しますと」

 リヒトが使ったのと、同じフレーズである。

 何が違うのかは判然としないが、自分が使ったそれより切迫している気がした。

「この世界を救っていただきたいのです」

「誰に」

「貴方以外の誰がおりましょう」

 何故と問うと、それを今から説明するのだと返ってきた。

 ――遠まわしな発言の遮断だ。余計な口を利かれては、説明できるものも出来ないのだと、彼女は言いたいのだろう。

「魔法の原理をご存知ですか。一口に魔力と言っても、それは次元世界――つまり、世界それぞれ――違う形で人に宿っています。勿論、全生物が魔力を持っているとも限らない」

「ここは」

「動物だけではなく、植物も、更に言うなら空気にも、魔力の宿っている世界です。この世界のあらゆる物にとって、魔力は何より重要なもの――生命維持の根幹をなすものだといえるでしょう。そこで問題になるのが」

 黒い霧です――と鋭いまなざしをリヒトへ向けた。ヴィルクスは真剣な表情を崩さないまま、続ける。

「魔力と肉体を寸断するのです。生命維持に必要なものが体に供給されなくなり、肉体は死に至ります。しかし、魔術回路――魔力を供給する器官が破壊されたわけではないのですから、そこに魔力の塊だけが残ってしまう」

「それで、さっき言ってた魔物になるわけか」

「おっしゃる通りです。魔物は、暴走した魔力の塊が肉体を作り出してしまった結果です。当然ながら人も襲いますから、非常に危険です。ですが、黒い霧がある限り、延々と生み出され続けてしまうというのが現在の状況ですので、重要となるのは霧の発生自体を止めること」

 青い視線がリヒトの瞳を射抜く。

「しかし、我々では原因究明はおろか、霧に近づくことさえ出来ません。そこで各国は、生命維持に魔力が関係ない世界の、より強大な力を持つものを無作為に呼び寄せており――その中の一名が貴方だった。拒否権は、用意しておりません」

「おいおい、流石にそれは横暴だろ!」

「そうでもしなくてはこの世界が終わります。この世界が救われるときか、或いは救えないという証拠が揃ったときには、元の世界に送還します故」

 安心しろ――とでも言いたいのか。彼は騎士を睨みつけた。

 彼とて英雄の名が欲しくないという訳ではない。現在の状況から言えば待遇も破格なのだろう。

 只、余りにも一方的で理不尽な話だというのが、気に入らないだけだ。

「申し訳ございません」

 ふと、それまで黙り込んでいた黒髪が顔を上げるのを、今度こそ視界の端で捉えた。

 その視線の先にいるであろうヴェルカが、深く頭を下げていた。謝罪の言葉を口にしてなお、凛とした声音でもって、彼女は続ける。

「リヒト様の憤りも、充分承知しております。それでも私は、この世界が、国民が消えていくのを、黙って見ていることが出来ませんでした。どのような抗議にも返す言葉もございません。けれど、どうか――」

 ――酷い話だと彼は思う。

 まともな神経をしていたら、この場でいたいけな少女を謗ることが出来るわけがない。

 罵倒をしたところで、彼女は黙って頭を下げ続けるだけだろう。これではどちらが悪いか分かったものではない――リヒトは小さく溜息を吐いた。

「ちゃんと帰れるんですよね」

「お約束します」

「それなら、分かりました」

 やるしかないというのが実情である。

 理不尽の塊に抱いた憤りも意味をなさない。心の底では満更でないと思っていた癖に、無理に頼みこまれたという体を取ってしまったというのも、どうにもばつが悪かった。

「やれるだけ、やってみます」

 ヴェルカの頭が勢い良く持ち上がった。