鋭い音を立てて、刃が受け止められる。
余裕の笑みを浮かべたまま、体格差のあるジルデガルドを軽々と押し戻し、ヴィルクスは左手のバスタードソードを振りぬいた。
反射的に後退した彼の首筋があった部分を、躊躇のない剣筋が引き裂く。遠目からでも分かる程に表情をひきつらせたのも束の間、彼は怯むことなく突進する。
肉体強化の力を得た彼の速度は並ではない。それをも体を捻ることで避け、彼女は剣を握っていた彼の手を掴むと、思い切り引く。
態勢を崩したジルデガルドの足が払われた。同時に手が離れる。前転することで転倒を避けた彼が小さく何かを呟いたのを、リヒトは見た気がした。
不意に、彼女の周囲を取り囲むようにして土の壁が現れた。魔法を詠唱したと理解するのに時間は必要なかった。
その状況に至っても、ヴィルクスは詠唱の気配すら見せない。それどころか彼の魔法を鼻で笑い、向かってくる土の槍に向けて剣を振り上げる。
剣を受けた時とは違う鈍い音を立て、槍は地面に還った。
その向こうで剣を振るった女は、押し殺した笑い声と共に悔しげな男に告げる。
「風術の方がいいだろう」
「地術師が風術使えないって、知ってて言ってますか、それ」
当然だ――口角を持ち上げて、彼女はようやく大地を蹴る。立ち上がった男の方も、応戦すべく剣を両手に構えなおす。
受け止めるべき刃は、彼の剣にぶつかる前に消えた。
面食らう彼の目の前で、女騎士は小さく笑う。
「――甘いぞ」
優しげな声音とは裏腹に、次いで襲った腹部への衝撃は無慈悲の一言に尽きた。甲冑による軽減さえ無意味に思えるような、鋭い蹴りを右の脇腹へ食らう。
思わず倒れ込んだ彼の首筋に剣が添えられる。霞む視界で見上げると、優美に笑う女が、誇らしげに見下ろしていた。こうなってはどうしようもないと、ジルデガルドは両手を上げる。
「参りました。流石です」
沈黙の糸が切れた。
自分へ向けられる感嘆と称賛の声には目もくれず、彼女は戦闘時よりも真剣な表情で彼へ近づく。
軽く息を吐くと、立ち上がった彼に、咎めるような声音でもって告げる。
「突っ込んできてどうするつもりだったんだ」
「当たるかな、と」
当たるわけがなかろうにと溜息が零れた。彼女は直線攻撃が避けられないほど実力がないつもりはないし、体勢に至っては万全だった。
「それに、最後の攻撃はお前の実力なら防げたはずだろう。私が剣で攻撃すると宣言したならまだしも――いや、それも信じてはいけないんだが――武器があるから武器を使うなんてことはないぞ」
「はいっす。返す言葉もございません」
反省したように頭を下げる彼を見て、ヴィルクスは悠然と首を横に振って苦笑する。
「本当は剣で行くつもりだったんだ。全力で防ぎに来られたから、蹴っただけで」
「うわ、マジですか。防げてたと思います?」
「呆気なく弾かれただろうな。いくら力があっても、体格じゃお前に負ける」
俺みたいな体格のヴィルクスさんなんて見たくないです――長身で筋肉質な青年は、そう笑った。
剣を魔晶石に変えた彼に、彼女は大丈夫だったかと問うた。
「何がですか」
「脇腹だよ。手加減できなかった」
言われてから、彼女の顔と自分の脇腹を交互に見詰めていた彼は、へらりと表情を崩した。
「問題ないっす。何かあっても、オルダリエいますし」
「そうか――それならいい。すまないな、痛い思いをさせて」
「それも訓練ですよ。ありがとうございました」
薄い橙色に輝く魔晶石を取り出して、彼は一言だけの詠唱をする。一瞬で騎士服に着替えたその手には、柔らかな青をした石があった。
ヴィルクスの方も着替えを済ませ、それから思い出したように、ふと笑った。
「ジル決定だな」
その言葉の意味を彼が理解したのは、少なくとも五秒ののちであった。
余裕の笑みを浮かべたまま、体格差のあるジルデガルドを軽々と押し戻し、ヴィルクスは左手のバスタードソードを振りぬいた。
反射的に後退した彼の首筋があった部分を、躊躇のない剣筋が引き裂く。遠目からでも分かる程に表情をひきつらせたのも束の間、彼は怯むことなく突進する。
肉体強化の力を得た彼の速度は並ではない。それをも体を捻ることで避け、彼女は剣を握っていた彼の手を掴むと、思い切り引く。
態勢を崩したジルデガルドの足が払われた。同時に手が離れる。前転することで転倒を避けた彼が小さく何かを呟いたのを、リヒトは見た気がした。
不意に、彼女の周囲を取り囲むようにして土の壁が現れた。魔法を詠唱したと理解するのに時間は必要なかった。
その状況に至っても、ヴィルクスは詠唱の気配すら見せない。それどころか彼の魔法を鼻で笑い、向かってくる土の槍に向けて剣を振り上げる。
剣を受けた時とは違う鈍い音を立て、槍は地面に還った。
その向こうで剣を振るった女は、押し殺した笑い声と共に悔しげな男に告げる。
「風術の方がいいだろう」
「地術師が風術使えないって、知ってて言ってますか、それ」
当然だ――口角を持ち上げて、彼女はようやく大地を蹴る。立ち上がった男の方も、応戦すべく剣を両手に構えなおす。
受け止めるべき刃は、彼の剣にぶつかる前に消えた。
面食らう彼の目の前で、女騎士は小さく笑う。
「――甘いぞ」
優しげな声音とは裏腹に、次いで襲った腹部への衝撃は無慈悲の一言に尽きた。甲冑による軽減さえ無意味に思えるような、鋭い蹴りを右の脇腹へ食らう。
思わず倒れ込んだ彼の首筋に剣が添えられる。霞む視界で見上げると、優美に笑う女が、誇らしげに見下ろしていた。こうなってはどうしようもないと、ジルデガルドは両手を上げる。
「参りました。流石です」
沈黙の糸が切れた。
自分へ向けられる感嘆と称賛の声には目もくれず、彼女は戦闘時よりも真剣な表情で彼へ近づく。
軽く息を吐くと、立ち上がった彼に、咎めるような声音でもって告げる。
「突っ込んできてどうするつもりだったんだ」
「当たるかな、と」
当たるわけがなかろうにと溜息が零れた。彼女は直線攻撃が避けられないほど実力がないつもりはないし、体勢に至っては万全だった。
「それに、最後の攻撃はお前の実力なら防げたはずだろう。私が剣で攻撃すると宣言したならまだしも――いや、それも信じてはいけないんだが――武器があるから武器を使うなんてことはないぞ」
「はいっす。返す言葉もございません」
反省したように頭を下げる彼を見て、ヴィルクスは悠然と首を横に振って苦笑する。
「本当は剣で行くつもりだったんだ。全力で防ぎに来られたから、蹴っただけで」
「うわ、マジですか。防げてたと思います?」
「呆気なく弾かれただろうな。いくら力があっても、体格じゃお前に負ける」
俺みたいな体格のヴィルクスさんなんて見たくないです――長身で筋肉質な青年は、そう笑った。
剣を魔晶石に変えた彼に、彼女は大丈夫だったかと問うた。
「何がですか」
「脇腹だよ。手加減できなかった」
言われてから、彼女の顔と自分の脇腹を交互に見詰めていた彼は、へらりと表情を崩した。
「問題ないっす。何かあっても、オルダリエいますし」
「そうか――それならいい。すまないな、痛い思いをさせて」
「それも訓練ですよ。ありがとうございました」
薄い橙色に輝く魔晶石を取り出して、彼は一言だけの詠唱をする。一瞬で騎士服に着替えたその手には、柔らかな青をした石があった。
ヴィルクスの方も着替えを済ませ、それから思い出したように、ふと笑った。
「ジル決定だな」
その言葉の意味を彼が理解したのは、少なくとも五秒ののちであった。