幾度も重ねて、謝罪と感謝を述べる女王にたじろぐ。何か言葉を発そうとして、リヒトの声は遮られた。
「それでは二人とも、よろしくお願いします。リヒト様も今日はお疲れでしょうから、どうぞお休みください」
弾んだ声音はあくまで年頃の少女のそれで――ますます、華々しい装飾から遠のいた。
騎士の先導で謁見室を出る。リヒトはふと、一言として言葉を発しなかった黒髪を見る。
「なあ、フィルギアさ。何で喋んなかったんだよ」
「そりゃ、だって、主の御前では言葉遣いは正せって煩いから。こいつが」
指されたヴィルクスの方は彼女を一瞥し、当然だと溜息を吐いた。
「それにしても、あんなことを言い出すとは思わなかったぞ。主でなければ首を刎ねられても文句は言えなかったな」
「あれ――もう敬語じゃねえの」
「ああ、私はもともと堅苦しいのが苦手でな。主のご迷惑になるようなことは認めがたいが――正直、助かったのも事実だ」
敬語では肩が凝ると言って、彼女は苦笑した。その割には流暢な語り口だったようにも思えたが、それは染みついた癖なのだろう。
歩き出す彼女の後を追う。
曰く、来客用の部屋に向かっているそうだ。これだけ広い王城である。ない方が可笑しいと、彼女は再度の苦笑を漏らした。
「主のお考えは私にも分かる。だから言っておくが、この先の部屋はお前をもてなすためだけに用意された、最高級の客室だ。そこらの宿屋となんか比べ物にならない。――それだけ、お前はこの国にとって大事なんだ」
この世界にとってかと言い直して、彼女は振り返る。
「リタールは比較的治安のいい国だ。軍事力はほとんどが、管轄区域の治安管理に回されている。だが幾ら良くたって、少しばかり警備の網を逃れるやつがある」
「それは――」
危険だということなのか。問うと、少女の方が首を横に振った。
「危なくはねえ。けど、絶対安全でもねえってこと。いいか、青年、あんたがどんな世界にいたかは分かんねえけどな、そっちと同じように暮らせるとは思わない方がいいぜ」
赤い瞳に、土と草の臭いが香った。
「それでは二人とも、よろしくお願いします。リヒト様も今日はお疲れでしょうから、どうぞお休みください」
弾んだ声音はあくまで年頃の少女のそれで――ますます、華々しい装飾から遠のいた。
騎士の先導で謁見室を出る。リヒトはふと、一言として言葉を発しなかった黒髪を見る。
「なあ、フィルギアさ。何で喋んなかったんだよ」
「そりゃ、だって、主の御前では言葉遣いは正せって煩いから。こいつが」
指されたヴィルクスの方は彼女を一瞥し、当然だと溜息を吐いた。
「それにしても、あんなことを言い出すとは思わなかったぞ。主でなければ首を刎ねられても文句は言えなかったな」
「あれ――もう敬語じゃねえの」
「ああ、私はもともと堅苦しいのが苦手でな。主のご迷惑になるようなことは認めがたいが――正直、助かったのも事実だ」
敬語では肩が凝ると言って、彼女は苦笑した。その割には流暢な語り口だったようにも思えたが、それは染みついた癖なのだろう。
歩き出す彼女の後を追う。
曰く、来客用の部屋に向かっているそうだ。これだけ広い王城である。ない方が可笑しいと、彼女は再度の苦笑を漏らした。
「主のお考えは私にも分かる。だから言っておくが、この先の部屋はお前をもてなすためだけに用意された、最高級の客室だ。そこらの宿屋となんか比べ物にならない。――それだけ、お前はこの国にとって大事なんだ」
この世界にとってかと言い直して、彼女は振り返る。
「リタールは比較的治安のいい国だ。軍事力はほとんどが、管轄区域の治安管理に回されている。だが幾ら良くたって、少しばかり警備の網を逃れるやつがある」
「それは――」
危険だということなのか。問うと、少女の方が首を横に振った。
「危なくはねえ。けど、絶対安全でもねえってこと。いいか、青年、あんたがどんな世界にいたかは分かんねえけどな、そっちと同じように暮らせるとは思わない方がいいぜ」
赤い瞳に、土と草の臭いが香った。