「はぁー」


「…どしたの、青ちゃん」


わたしのため息に反応して、凛太朗先輩が心配そうにたずねてきた。


「どうしたんでしょ」


「えっ、いきなりクイズですかっ」


凛太朗先輩がわざとらしく、どんぐりみたいな目をさらに丸くした。




放課後、いつも通り音楽室に来たはいいものの、ピアノの音も耳に入らないし、先輩に話しかけられても上の空で答えてしまう。


「めずらしいなぁ、青ちゃんのほうがほうけてるなんて」


「……先輩はしょっちゅうですからね。」


そう返すと、先輩は自分から言い出したくせに頬を膨らませた。


「もうっ、心配してるのに。で、何かあったの?」


……先輩のどストレートなとこもわたしは好きですよ。


「何かってほどでもないですけどね、喧嘩?したのかな。自分でもわかんないです。」


そう答えて、わたしはもう一度ひっそりとため息をついた。


昼休みの間は田城や有志に引かれるくらい怒っていたが、時間がたつにつれておさまってしまった。


入れ替わるようにわたしの中に生まれたのは、もやもやした何とも言えない何か。


『嫌い』まで言うことなかったなっていう後悔と、でもわたし悪くないっていう自分をかばう気持ちと。


その他諸々が混在して自分でも訳がわからなくなっていた。


真昼も真昼だ。


自分でいたずらを仕掛けておいて、返ってきた反応がちょっときつかったからって、


「あんな顔するなんて……」


背を向ける寸前に視界に入った真昼の傷ついたような表情。


いたずらごときで、ばかみたいだ。


わたしも真昼も。


「あんな顔って、喧嘩相手のこと?」


わたしははっとして先輩を見た。


いつの間にか口にだしていたらしい。


先輩の目に浮かぶのは、わたしを気づか
う優しさと、ちょっとした好奇心。


その素直な色に、わたしは思わずふふっと笑った。


「えっ、なに、俺おかしいこと言った?」


ピアノ椅子の上で驚いた顔の先輩が飛び跳ねた。


癖っ毛の髪がふわりと宙を舞う。


年上とは思えない仕草に、わたしは笑い声をおさえられない。


拗ねた顔をした先輩のために必死で笑いを噛み殺しながら、やっぱり、先輩のこと好きだ、と思った。