「じ、じゃあ、行くね」


「待って、園村さん」


脱兎のごとく駆け出す姿勢をとったわたしを、真昼の澄んだ声が引き止めた。


優しい笑みを浮かべた顔が目の前に来る。


真昼の顔なんて見飽きるぐらい見てるのに、場所が場所だからか、胸がどきっと跳ね上がった。


わたしの心臓の具合を分かってか分からずか、真昼は笑みを深めて、わたしにしか聞こえない声で言った。


「今度から、僕の弁当にはパセリ入れなくていいからね」


わたしは真昼の顔を凝視した。


間近で見つめあうわたしたちが、周りからどう見えているかは知らないが、真昼とわたしの間には、久しぶりにピリッとした空気が走っていた。


さっきのセリフでわたしはようやく悟った。


今日の朝、いろどりとしていれたパセリ。


真昼はわざと弁当を忘れていったのだ。


真昼の顔に、勝ち誇ったような笑顔がよぎる。


この、わたしにとってなんとも恥ずかしい時間を作り出すために、真昼は弁当一つ置いていけば良かったわけだ。


『愉快なことは、好きだよね?』


鏡ごしに囁かれた、意味深な言葉が蘇る。


真昼の理不尽な怒りに触れた結果。


小さないたずら


可愛い報復


ただしわたしにはなんのいわれもない。


「……嫌い」


「…え?」


気がついたら口をついで出ていた。


小さないたずらだ。


わたしは笑って許すと思っていたんだろう真昼は、予想外の反応に目を丸くした。


「嫌い、真昼なんか、嫌い」


わたしは真昼を睨みつけて、無言でその場を離れた。


「待って、青」


真昼の声が再びわたしを引き止める。


でもわたしは無視して歩いた。


「青っ」


有志があわてて後ろから追いついてくる。


「大丈夫?」


有志が心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。


「何でもない」


わたしは怒気丸出しの声で答えると、さっさと三組の中へ引っ込んだ。


「あっ、お帰り、どこいってたの?」


蓮がのんきな声でわたしたちを出迎えた。


「ちょっと、そこまで散歩に」


乱暴にそこらへんの椅子をひいて座り、仏頂面で答えると、


「うわぁ、あからさまに機嫌が悪い」


となぜかキラキラした目が返ってきた。


「どこいってたの?」


蓮が先方を変えて有志に質問する。


「さぁ」


有志も答えるべき答えがわからないらしく言葉を濁した。


「なんだね、お二人さん、友達がいのない奴らめ」


蓮がやれやれ、と両手をひらひらさせた。


思わず顔を見合わせるわたしと有志の横で、


「蓮ちゃん、しつこく聞くと嫌われるよ」


と田城が優しく蓮をさとしていた。