でも私には聞こえた。その声も、その震えも。彼女の冷たい横顔には影が滲み、カウンターの木目を凝視している。

 私は手が震えるのを抑えようとして、無駄にお腹に力を入れるハメになった。

 ここでお盆をひっくり返すわけにいかない。

 そんなことしたら、また目立ってしまう。

「どうも」

 彼女が出された飲み物を受け取って、私に向き直る。そして暗い笑顔で言った。

「最低よ、不倫する女なんて。兼田さんがそんな女になるなんて、本当驚き。ねえ、あなたのダンナ様は知ってるの?」

 私は黙って目の前に立つ彼女を見詰めていた。

 だって、私に何が言えただろう。

 どうして知っているのかはしらないが、それは私の紛れもない過去なのだ。


 佐々波さんが近づいてくる。暗いとはいえ笑顔だった。さっきのテーブルの皆、忍田さん達は気付いていない。皆明るい笑顔で話しをしている。

 ここだけが、やたらと冷たく凍えていた。

 突然噴出したブリザードに、私はどうすればいいのか判らなかったのだ。だからそのままで立っていた。気分的には凍り付いていたけど、外見上はそのままで立っていた。

「・・・何とか言ったらどうなのよ、不倫女」

 佐々波さんが近づいて来る。

「ねえ?あなたのダンナ様は、知ってるの?」

 急にカラカラに乾いた口の中が気になった。

 流石に、これ以上は攻撃も防御もしない自信がないな――――――――・・・・