そのひとは、まだ若くて、美しかった。容貌は輝きに満ち溢れ、雅やかだった。でも、その生命の輝きは薄れ、儚く、今にも溶けてしまいそうな早春の薄氷のようだった。

 そのひとには、子供のころから連れ添った夫がいた。そのひとを引き取って育てた人でもある。今にも消え逝きそうな妻の姿に涙し、後悔と絶望に襲われていた。

 そのひとは、自分の亡き後の夫を心配し、愛する人が前へ踏み出すことを祈っていた。

 間もなくそのひとは亡くなり、悲嘆にくれていた夫もなんとか妻の遺品の整理を始めた。庭で元気だった頃の妻にもらった手紙を燃やしていた男の顔がふっと和らいだ。きっと、彼には聞こえたのだろう。愛しい、妻の声が。

 「忘れないで。ここにある、私の手を。愛しいあなた。」

 春風が男の涙と、僕の羽をさらって行った。