(もっと矢田みたいに、オープンな性格な人間になりたい。)
初めてのことにも、物怖じしない人間。
自分の気持ちよりも、彼女のことを優先してあげられる男。
そんな人間になれたなら、ここまで困ることもなかったことだろう。
しかし、茜と付き合うことを決めたのは俺。
友情と恋を天秤にかけて、恋を選んだのは俺だ。
ならば、努力するべきなのは、他ならぬ自分。
茜の彼氏は、俺なのだから。
俺は、茜の顔を見て、小さな声でこう囁いた。
「………っ、似合ってる………よ、すごく。」
もっと気の利いた、言葉もあるはずだけど。
茜には、こんな言葉では物足りないかもしれないけれど。
今の俺には、これだけで精一杯。
俺が絞り出した言葉を、茜は心底喜んでくれた。
「ありがと!ユウキがそう言ってくれるなら、頑張って良かった………。」
はにかんでそう言う茜を、直視出来ない。
真っ直ぐに見ていられなくて、スッと視線を逸らす。
生まれたばかりの恋。
初々しい恋はメリーゴーランドの様に回り始めて、次第にその速度を上げていく。
俺と茜の関係は、始まったばかりだ。
これからなんだ。
「きゃー、止めて!」
「待てって、ほら。」
青い空。
広い海。
どこまでも続く水平線を背に、波打ち際を駆ける。
疲れを知らない体は、まだ遊び足りないと訴えている。
子供らしく、思いきりはしゃいだ。
楽しくて楽しくて、仕方なかった。
親ではない誰かと、海に来るのは初めてだ。
彼女と海に来るのも、初めてのこと。
感じていた不安も、今では既に空の彼方。
どこかへと、吹き飛んで消えてしまった。
中学2年の夏。
熱に浮かされたみたいに、恋と部活と友情に夢中になっていた夏。
嵐の前触れは、静かに迫る。
音もなく、とても静かに。
