さよならの魔法




「うわー、すっげー………。」


何がどう凄いのかとかは、上手く言い表せないけど。


言葉では言い表せないほどの景色。

初めての景色は、俺の心を躍らせる。



この山あいの田舎町で、1番高い場所から見る景色。

俺が生まれたこの町では、高いビルなんてない。


学校よりも高い建物が、存在しないのだから。



広がる田園風景。

その奥に、雄大なる山がそびえ立つ。


田んぼの間に、点在する民家。



何もない町だけど、見下ろしてみれば見方がまた変わる。

下から見る景色と、この場所から見る景色は全く違う。


天気が良ければ、更に素晴らしく見えたのだろう。

そのことだけが、残念だ。



「先輩から話は聞いてたけど、ここ………いいね!」


舞う様に軽い足取りで、増渕が俺の数歩先を歩く。

増渕の後ろを、ゆっくりと続いて歩く俺。


振り返った増渕が、両手を胸の前で合わせてこう言った。



「ここに初めて来る時は、絶対紺野と一緒って………決めてたんだ。」


そう言って、増渕が笑う。


増渕の声が、いつもよりも甘い。

砂糖菓子みたいな、ほんわかした甘い声音。



初めて来る場所。


いつもと違う雰囲気。

いつもと違う増渕。



鈍感な俺にだって、分かる。

いくら俺が鈍くたって、これから何かが起きようとしていることくらい、勘付く。


その直感を裏付けるかの様に、増渕が俺が立つ場所へと近寄ってきた。



1歩。

また1歩。


手が届きそうな位置にあるのは、空に浮かぶ雲だけではない。



増渕の顔が。

増渕の体が、すぐ近くにある。


少し動けば触れてしまいそうなほど、傍にある。



雲間から漏れる薄明かりが、カーテンの様に揺れる。

柔らかい光に照らされ、増渕の健康的な肌が光を弾く。