さよならの魔法




増渕が制服のスカートから取り出したのは、小さな物体。


キラリと、鈍く光るもの。

よく見てみると、それが鍵の形をしていることが分かる。


銀色に鈍く光る鍵を見せ付けて、増渕はこう続けた。



「部活の先輩から借りちゃったの。これ………うちの部に引き継がれてる、秘密の鍵なんだからね!」


部活の先輩?

借りちゃった?


おいおい。

管理が適当過ぎるだろ、うちの学校。



誰かがもっともらしい理由を付けて持ち出して、合鍵でも作ったに違いない。


考えたヤツ、かなり挑戦的だ。

俺の部にも、そんな秘密の鍵があるのだろうか。



「増渕って、部活、何だっけ?」

「バレー部!知らなかったのー?」

「………悪い、今、知った。」

「ひどーい!!そう言う紺野は、弓道部でしょ?」

「そうだけど。」


再び頬を膨らませる増渕が、やけに可愛らしく見える。

どうしてだろう。



さっきまで、壮絶ないじめの現場を目撃していたせいだろうか。

だから、増渕の仕草に癒されてしまうのだろうか。


増渕の笑顔は苦々しい思いしか湧かないあの場面を忘れさせてくれるくらい、明るくて。

見ているだけで、ほっこりして。


先ほどまでいた教室とは、正反対のもの。



「待っててね。」


増渕の指先が、鍵を右に回す。

ガチャンと錆び付いた音を立てて、ゆっくりと開いていく金属製のドア。


その先に見えたのは、初めて見る景色。





開放的な空間だった。


遮るものは、何もない。

空が近いと、まずそう思った。



灰色のどんよりとした空の色は変わらないけれど、その空はいつもよりもずっと近い距離にある。


手を伸ばせば、届いてしまいそうなほど。

そんな錯覚をしてしまうくらい、灰色に染められた空が近い。



思わず、言葉を漏らす。