さよならの魔法




増渕の顔から、笑顔が消えた。


明るい笑顔が潜んで、その代わりに表へ出たのは、いつになく真剣な表情。



真っ直ぐに、俺を見てる。

目を1秒たりとも逸らさずに、俺のことだけを見つめている。


俺の制服のシャツの裾をギュッと掴みながら、増渕は俺にこう言った。



「あのね………、紺野に話があるの。」

「話って?」

「とってもとっても、大事な話。」


増渕の言葉を聞きながらも、俺の目はどこか虚ろで。

その理由は、簡単だ。



気になるんだ。

気になって仕方ないんだ。


増渕のずっと後ろにいる、天宮のことが。

磯崎に追い詰められているはずの天宮のことが、気になってしょうがない。



大丈夫だろうか。

泣いていないだろうか。


磯崎も、磯崎だ。



みんなの前で、どうしてそこまで言い寄るのだろう。

わざと大きな声まで出して、天宮に迫るのだろう。


みんなの前であるからこそ、磯崎にとっては意味があることなのかもしれない。

もしかしたら。



みんなの前で、恥をかかせる。

問い詰めて、追い詰めて、天宮を不利な立場へ追い込んでいく。


自分よりも弱い立場へと追い込むことで、自分の優位性を見い出すことの出来る人間。


磯崎は、そういう人間なのかもしれない。



そうだとしたら、それはとても愚かなことだと思う。

くだらないことで他人を貶めて、そんなことでしか自分の価値を見い出だせない。


俺には、理解出来ない。

全くもって、理解出来ない。



ぼんやりする俺を見抜いた増渕が、頬を膨らませて怒り出してしまった。




「紺野ってば………!」

「………。」

「ねえ、紺野!私の話、聞いてる?」


やばい。

聞いてなかった。


そうは言えないから、笑って曖昧に誤魔化す。