さよならの魔法




「素晴らしい絵だって、美術の先生にも褒められてたもんねー。」


磯崎の言葉から垣間見えるのは、くだらない嫉妬。

ただのひがみ。


くだらない。

ほんとに、くだらない考え。




それは、この間の授業中。

雨が続く梅雨の最中の、美術の授業中に事は起きた。


天宮が座る席の横を通った磯崎が、天宮が使っていた絵筆を洗うバケツを倒したのだ。

それも、かなり派手に。



その仕草が、どう見たって不自然で。

悪怯れないその態度が、どうしても不可思議で。


思ったんだ。



たまたまじゃない。

偶然なんかじゃない。


あれは、わざとやったんじゃないかって。

磯崎が、わざと天宮が使っていたバケツを倒したんじゃないかって。



磯崎が天宮のことをいじめているのは、うちのクラスの人間なら誰でも知っていること。


隠そうともせずに、堂々と酷い仕打ちばかりをしていることを俺も知っていたから。

周知の事実だったんだ。



しかし、彼女は負けなかった。

一見か弱そうに見えても、芯は強い子だと知ったのもこの時。


天宮は努力して、奇跡を自らの手で起こした。



濡れた制服からジャージに着替える為に、美術室を抜け出した天宮。

戻ってきてからの彼女の行動は、とても素早いものだった。


見ているこちらが、驚かされるほど。


明らかにみんなよりも遅く描き始めたはずなのに、誰よりも早く絵を仕上げてしまったのだ。



短時間で描いた絵は、どうしたってボロが出る。

雑になるし、ゆっくり時間をかけて描いた絵には敵わない。


そう思っていたであろうみんな、多分、美術室にいた全員を唸らせた。



細い線で描くのは、天宮独特の絵の描き方。

細やかな線が縁取る、輪郭。


それに合う様に、淡い色合いの水彩絵の具が滲む。