時折聞こえるのは、誰かの話し声。
聞こえるか。
聞こえないか。
それほど、小さな囁きが届く。
一応、周りの人間に気を遣っているのだろう。
囁きの様に小さな声が、あちこちから聞こえる。
その会話に加わることもなく、私は絵筆を黙々と滑らせていく。
(………。)
心を、無にする。
目を閉じる。
思い浮かぶのは、先週見たばかりの景色。
緑に染まる景色。
新緑の時期を通り越した葉は、生き生きと日を受けて育つ。
生命力の源なのだ。
この緑にとって、太陽という存在は。
田舎というのは不便だけれど、嫌なことばかりではない。
山々を彩る緑や、野を飾る花。
都会では見ることが難しい景色が、ここにはある。
都会にだって、花はあるだろう。
木もあるだろう。
だけど、それらの多くは人工的なもの。
でもね、ここにある景色は、人工的なものじゃない。
全て、自然のまま。
そのまんまの景色なんだ。
きっと、それって、とても素晴らしいことなのだと思う。
普段、生活していると、忘れてしまいがちになる。
この空気の清らかさ。
この緑の美しさ。
この景色の素晴らしさ。
窮屈な田舎町の、素敵な部分。
私は、それを描いてみたい。
私が生まれ育った町。
その町の素敵なところを描いてみたいのだ。
(よし。)
パレットの上に、緑色の絵の具を捻り出す。
緑に足す色。
それは、茶色。
鮮やかな緑に深みを与える、渋みのある色。
ちょっとずつ混ぜていけば、次第に色が変化していく。
化学反応を起こす様に、みるみるうちに色が変わる。
渋みを帯びた色を紙の上に乗せれば、ほら、色が生きる。
鮮やかな色だけでは、世界を表現することは出来ない。
光と影。
両方を描いてこそ、世界の全てを表現することが出来るのだ。