さよならの魔法




(何してんだろ、俺………。)


こんなの、逃げてるだけだ。

上手くいかないから、ただその現実から目を背けているだけ。


自分の力ではどうにもならないからと、諦めてしまっているのだ。



疲れた。

本気で疲れた。


駅前の広場の端にある茶色いベンチに、腰を下ろす。



ああ、そういえば、昼飯がまだだ。

何も食べないままだ。


朝から外回りを続けているせいで、足は筋肉痛を通り越し、歩くことを拒絶している。

まだ履き慣れていない革靴は、疲れきった俺の両足に容赦なく食い込む。




何故、俺はここにいるのだろう。

何故、俺は頑張っているのだろう。


何の為に、仕事をしているのだろう。

誰の為に、俺は働いているのだろう。



簡単なことだった。

簡単なことであるはずだった。


それなのに、答えが見つからない。


すぐに答えられたはずなのに。

答えなきゃいけないはずなのに、今は何も分からない。



働く意味も。

生きる意味も。


ここにいる意味でさえ、よく分からなくなってしまった。



頭の中には、何もなかった。

まず考えなければならない仕事のことも、今の疲れきった俺の頭では考えられない。


夕焼け空をぼんやりと眺めながら思い出したのは、やはりと言うべきか、あの子のことだった。










(天宮………。)


俺の脳裏で揺れる、2つの影。

2人の彼女。


俺の胸を締め上げて、俺を弱くする。



一方は、セーラー服を着た少女。

まだあどけなさが残る、長い黒髪を2つに結んだ女の子だ。


紺地のセーラー服には、真っ白なスカーフ。

着崩してなどいない、校則通りの制服姿。



年々セピア色に染まりながらも、俺の記憶に残り続ける光景。

彼女がいる風景。


いつも俯いて、下を向いていた天宮。


セーラー服を着ていた天宮の笑顔を、俺は何回見たことがあるのだろう。