さよならの魔法




(どうして、そんなに急ぐんだ?)


そんなに急ぐ必要があるのか。

時間が迫っていて、余裕がない人も中にはいるのだろうけれど。


本当に急いでいる人間は、この流れの中にどれほどいるのだろうか。

本当に急ぐ必要がある人間は、いるのか。


ふと、そんなことを考えた。




田舎者だからか。


どうも急ぐということが、俺はあまり好きではないらしい。

こっちに出てきてから、そのことを初めて自覚した。


こっちの人みたいに、せかせか動くのは俺は苦手だ。

ゆったりと流れる時間に慣れている俺の体は、この都会の流れには付いていけているとは言い難い。



同じ世界なのに。

同じ国の人間なのに。


この流れの中で、俺だけが違う。


この世界が異質なのではない。

ここでは、俺の方が異質なのだ。



俺がおかしいのか。

自分だけが異質なのかと、疑いたくもなる。


置いていかれる。

自分だけが取り残される。


そんな錯覚に、虚しさを覚えた。




(電車、乗らなきゃ………。)


ほら、また主任から電話がかかってくるぞ。


歩き出せ。

早く電車に乗って、どんどん行動しなければ。



(新規の顧客、開拓しなきゃ………またどやされる。)


早く。

さあ、早く。


吸い込まれる様に、みんなは駅に向かっていく。

流れに身を任せれば、俺も駅に行けるのだろう。



しかし、俺はそうはしなかった。

そうすることを拒絶していた。


人の流れに逆らって、くるりと踵を返す。



頭では理解していた。

理解しているつもりだった。


仕事を優先しなければいけないこと。

困っていても、誰も助けてはくれないこと。


理解しているつもりだったけれど、苦しかった。

息が出来なくなるほど、苦しかって仕方なかった。




意思に反して、体は駅舎とは反対の方向へと向かっていく。


電車に乗らなければいけない時間。

出発すべき時間。

気が付けば、俺は駅前の広場に突っ立っていた。