自分ではない、他人の心に響くものを、自らの手で生み出してみたい。
全員を感動させたいなんて、そんな大層なことは望まないから。
誰か、1人だけでもいい。
誰かの心を癒せる、そんな絵を。
「やりたい………です………。」
「天宮さん!」
「私、やってみたいです!やらせて下さい!!」
気が付いたら、そう答えていた。
画家になる夢は叶わなかった。
それでも、どこかに絵を残せる。
有名な場所なんかではなくても、どこでもいい。
自分の絵を、世に出せる。
NOとは言えなかった。
迷っても、断ることなんて出来なかったのだ。
長い髪の毛をクリップで止めて、邪魔にならない位置でアップにする。
身に纏うのは、ベージュの厚手のエプロンだ。
既に汚れたエプロンを身に付け、パレットに色を乗せていく。
チューブから繰り出されるのは、寒色系の色が中心。
複数の色を織り交ぜて、よりたくさんの色をパレットの上で生み出していく。
目を閉じれば、描きたいものの姿が浮かぶ。
私が描きたいのは。
今の私が、この手で描いてみたいのは。
思い浮かんだのは、紺野くんの姿。
「おはよー!」
中学校に入学した日、初めて声をかけてくれたのは紺野くんだった。
内気な自分が嫌だった。
立ち止まって、ドアの前で固まってしまっていた私にかけてくれた言葉。
きっと、彼は覚えていないだろう。
あの日、私に言葉をかけてくれたこと。
何気ない挨拶を、私にしてくれたこと。
私にとっては忘れられないことでも、彼にしてみたら取るに足らないことなのだ。
きっと。
それでも、忘れられない。
私は初めて会ったあの日のことを、今でも鮮明に覚えている。
笑うと、目が細くなって。
透明の水の様な、澄んだ空の様な、そんな印象を受けた。
その笑顔が、私にとって特別なものとなった瞬間だった。
