「絵を描いて欲しいそうよ。」
「絵を?」
「そう。商店街の入り口に、大きな壁があるのよ。」
オーナーが言う商店街。
それは、この画廊に1番近い駅の目の前にある。
毎日通る場所だから、その壁がどこにあるのかは分かっていた。
客足が遠退いている、駅前の一等地にある商店街。
商店街の入り口にそびえ立つ、大きな壁。
あそこに絵を描く。
「誰もが思わず足を止めてしまう様な、そんな絵を描いて欲しいって。」
あの壁に絵を描く。
通る人達が、何の気なしに足を止める。
絵に魅せられ、癒される。
多くの人の足を止めることが出来さえすれば、自然と商店街の客足も戻ることだろう。
いい考えだ。
そして、とても素敵なアイデアだと思う。
だけど、どうして私にそんな話をするのだろう。
それだけが、よく分からない。
首を傾げた私を見て、オーナーがおかしそうにクスクスと笑った。
「天宮さん、あなたに頼んでるんだけど?」
「は………い?」
「どうでもいい人に、こんな話はしないわ。私は、あなたにこの依頼を受けて欲しい………そう思ってるの。」
「わ、私………ですか!?」
オーナーの言葉に、体が固まっていく。
石みたいに固まっていく体。
体を動かすことさえ出来ず、その場に立ち尽くす私。
なんて、素敵なアイデアだろうと思った。
絵で心を癒せ、商店街の人達のことも助けられる。
一石二鳥とは、このことだ。
だけど、それを私がやるなんて。
画廊のスタッフでしかない、私がやるなんて。
そんなこと、許されるのだろうか。
私の迷いを、オーナーは一瞬にして見抜いてしまった。
「天宮さん、あなたがまだ大学生だった頃、スケッチブックを見せてもらったことがあるじゃない?」
「はい………。」
語りかける様に、優しく昔話をするオーナー。
この画廊でバイトを始めた頃、私はまだ大学生だった。
美大に通う、たくさんの学生のうちの1人だった。
