後ろを向いて、そこに誰もいなかったら。
期待して振り向いて、そこにある現実を思い知ることになってしまったら。
私はきっと、落ち込むのだろう。
それが現実なのだと分かっていても、それでもショックを受けてしまうのだろう。
だから、振り向かない。
振り向いてはいけない。
滲む涙を飲み込んで、ブーツを進める。
進めようとしたのだけれど、上手くはいかなった。
引っ張られる腕。
後方へと、傾いていく体。
私を繋ぎ止める何かが、前へ進むことを阻む。
さすがに、振り向かずにはいられなかった。
強く腕を掴まれていることが、自分でも理解出来ていたから。
そっと、振り向いてみる。
変質者だったら、どうしよう。
こんな田舎とはいえ、そういう人がいないとは限らない。
今は都会に住んでいて、そういう物騒な話を嫌というほど聞いているから用心せずにはいられない。
不吉な予感は、振り向いてすぐに打ち消された。
「え?」
幻聴なんかじゃない。
夢でもない。
そこにいたのは、彼。
「あ、まみや………っ、ちょっと待って………!」
中学時代の3年間、同じクラスだった人。
私のことを唯一、冷たい目で見なかった人。
初めて会ったあの日、私に明るく声をかけてくれた人。
彼は激しく肩を揺らせて、荒い息を吐き出す。
その様子から、店から走ってきたことが伺えた。
その理由までは分からなかったけれど。
「はぁ………、くっ………」
目の前にいるその人は、息苦しそうに何度も短い呼吸を繰り返す。
荒い息の合間に、時折交わる視線。
視線が合う度に、胸が鳴る。
鼓動が速くなる。
フワッとした猫の毛みたいな柔らかそうな髪が、夜風でサラッと揺れた。
(紺野くん………だ。)
幻じゃない。
目の前にいるのは、紺野くんだ。
みんなの輪の中にいたはずの紺野くんが、私の目の前に立っている。
