さよならの魔法




これが、過去を乗り越えるということなのだろうか。

捨てるのではなく、乗り越えたということになるのだろうか。


いまいち、実感が湧かない。



あの忌まわしい過去を乗り越える。


その実感はないけれど、これから少しずつ実感していくのだろう。

少しずつ、少しずつ。


全ては、きっとこれから。



見上げた視線を戻して、再び歩き始める。

その時だった。










「天宮!」


私の名前を呼ぶ声。

澄んだトーンが、鼓膜に心地よく響く。


忘れもしない声。

いつも、無意識に探していた人の声。



その声を間近に聞いたのは、いつ以来だろう。

何年ぶりになるだろう。


思い出そうとして、気が付く。


きっと、あの日だ。

私が、最後に彼の姿を目にした日。


卒業式の日。




「………。」


気のせいだ。

気のせいだよね。


そうに違いない。



そっか。

私、酔ってるんだ。

酔っ払ってるから、幻聴なんかが聞こえてくるんだ。


おかしいな。

アルコールには強いとばかり思っていたのに、幻聴が聞こえてくるなんて。



同窓会の時、緊張を紛らわせたくてビールを煽った。

いつもよりもだいぶ速いペースで、ジョッキを傾けていたことは否定できない。


だって、そうじゃなきゃおかしい。

それ以外に考えられない。



紺野くんの声が聞こえるなんて。

大好きだったあの人の声が、後ろから私を追ってくるだなんて。


紺野くんが、ここにいるはずがない。

紺野くんが、私を追いかけてくるはずがない。


そうは分かっていても、都合よく考えてしまう。



紺野くんは、まだあの店の中にいるのだ。

こんな道端にいる訳がないのだ。


みんなの輪の中にいて、クラスメイトだった人達の中心にいるはずなのだから。



振り向かなくていい。

振り向きたくない。


振り向いて、ガッカリしたくない。