さよならの魔法




確かに、好きだと思っていたこともあったはずなのに。

好きになりたいと、そう思っていたはずなのに。


今はもう、何とも思わないなんて。



茜に声をかけようとした時、何故か周囲が騒ぎ始めた。




「………?」


何だろう。

どうして、こんなに騒がしいんだろうか。


俺と茜が話そうとしているくらいでは、ここまで周りは騒ぎ立てないはず。



奇妙な違和感の正体は、みんなの視線の先にあった。


店の出入口付近。

ちょうど、西脇が座っているカウンター席の辺りか。



誰かがいる。

俺の座る座敷からではよく見えないけれど、西脇ではない誰かが、西脇の前に立ってる様だ。


こそこそと、座敷に陣取っていたクラスメイトだった女の子達が、声を潜めて話し始めた。



「え、天宮さん?どれどれー!?」

「ほら、あそこに立ってる女の子。友ちゃんの隣にいる子だよ!」

「ミニスカートの子?」

「ねー、ちょっとどいてよ。見えないんだけど………。」


本人は、声を小さくして話をしているつもりなのだろう。

だが、噂好きな彼女達の会話は、俺の席にまではっきりと聞こえてしまっている。


天宮。


その名前が耳に入った瞬間、俺の心臓が体内で高く高く飛び跳ねた。



ドクン。

ドクン、ドクン。


物凄い速さで巡る血。

駆ける鼓動。



天宮がいる。

あの天宮がこの場所に来ていると、そう言っているのか。


本当か。

それって、本当なのか。



来て欲しいと願っていたのは、俺。

多分、この店の中にいる誰よりも、俺は天宮がここに来てくれるであろうことを望んでいた。


でも、来ないだろうと思っていた。



天宮は、あんな酷い目に遭ったのだ。

公衆の面前で、心を木っ端微塵になるほど、壊されたのだ。


壊した人間がここにいなくても、天宮を取り巻く環境は厳しいまま。



そんな場所にわざわざ、天宮が来ることはないのかもしれないと諦めていたんだ。