「もしもし………。」
「紺野ー?久しぶりだなー!」
携帯電話の向こう側では、矢田がはしゃぐ声がする。
高校時代まで毎日隣で聞いていたその声は、今はもう毎日聞くことはなくなってしまった。
変わらないことに安堵して、息をそっと吐く。
「今、時間大丈夫か?」
「ああ、………っていうか、ちょうどお前のことを思い出してたとこ。」
俺が素直にそう言えば、矢田が露骨な反応を示した。
「うーわ、やっぱお前って………お前って、そういう趣味!?」
「そういう趣味って、どういうことだよ!」
「お、男が好きなのかってことだよ。あー、だから、未だに彼女作んねーの?」
「俺はノーマルだ!何で、お前を恋愛対象にしなきゃならないんだよ………余計なお世話だ。」
矢田が、本気で俺のことをそういう趣味の人間だと思っているのではないことは分かる。
矢田にこう言ってからかわれるのも、今に始まったことではない。
矢田が未だに、と言うのには理由があるのだ。
中学時代。
俺は自分の浅はかさから、他人を傷付けた。
あの一件以来、俺が特定の誰かと付き合うことはなかった。
俺が彼女にしたのは、図らずとも茜だけなのだ。
茜を忘れられない。
そんな理由ではない。
茜との別れを決めたのは俺だし、今でもそのことについては後悔なんかしていないのだから。
俺は知ってしまったんだ。
別れた後の、ほろ苦い気持ちを。
何とも言えない、切なさを。
好きだったのに、お互いを傷付けて。
遠ざけて。
好きな気持ちよりも、避けたいという感情の方が上回っていって。
そんな風になるくらいなら、隣に女の子なんていてくれない方がいい。
その方が、精神的にずっと楽だ。
切ない気持ちを抱いても、ずっと一緒にいたい。
その子でなければ、と思うほどの女の子が現れない限り、俺が誰かを彼女にすることはないだろう。
どうにも、恋愛にだけは気が向かない。
