さよならの魔法




気になった私は、玄関の中へ入る前に郵便受けへと手を伸ばしていた。




真っ赤な郵便受けの中に入っていたのは、茶色の私宛ての封筒だった。


封筒の中には便箋が1枚と、それとは別に、何故かハガキが1枚入っている。

まず手にしたのは、便箋の方。


便箋を開いて飛び込んできたのは、見たことのある文字。



(この字は、………お母さん!)


ついさっきまで思い浮かべていた人からの手紙に、私が驚いたのは言うまでもない。


もう、何年も会っていない。

連絡先は知っていても、連絡をしようと思ったことなんてなかった。



距離が離れた分だけ、親子としての心の距離も開いていったのだ。

元々離れていた心が、手が届かないほど遠くに離れていく。


私から連絡を取ろうとしたこともなかったし、母親から連絡をしてくることもなかった。



血の繋がった母と娘。

普通ならば、強い絆で結ばれた関係。


しかし、私とお母さんの間に、情なんてものは存在していたのだろうか。


分からない。

長い間、同じ家に住んでいたのに、そんなことさえ分からないんだ。



言えることは、離れて暮らすことになっても、寂しいとは思わなかったこと。

懐かしいと思うことはあっても、再び同じ家に住みたいと思うことはなかった。


我ながら、薄情だとは思うけれど。



久しぶりに見る、母親が書いた文字に目を通す。

目で、その文字を追っていく。


母親が書いた便箋には、こう書かれていた。






ハルへ


あなた宛てにハガキが届いていたので、送ります。

間違えて届くことのない様に、新しい住所に送ってもらえる様にしておきなさいね。


母より






手紙に書かれていたのは、ほんの数行の文章だけだった。


用件しか書かれていない便箋。

数行の文章から、母親としての愛情を感じることはない。


ほんの数行しかない文字の羅列を、指でそっと撫でる。