「ハル、どうした?」


隣に立つお父さんが、不思議そうな顔をして尋ねてくる。



お父さんは知らなんだ。


私が、この町に密かに別れを告げていること。

もう2度と、この町に来るつもりがないことを。



私が生まれた町でもあるけれど、この町はお父さんにとっても大切な場所。


お父さんが生まれ、育った町。

お母さんと出会い、別れた町。


お父さんの人生が詰まった町でもあるのだ。



「何でもないよ。………何でもないの。」

「体調が悪いなら、早めに言うんだぞ。ここから先は長いからな?」

「分かってる。大丈夫だよ。」



遠い線路の向こうから、4両編成の電車がやってきた。

光を反射して、キラキラと輝く車体を、私は目を細めて見つめる。


この電車が、私を知らない街へと連れていってくれるのだ。

私のことなんて誰も知らない街へと、私を連れていってくれる。



「さあ、ハル………行こうか?」


お父さんの声に合わせて、私は微笑む。


銀色に光る車体が、滑り込む様にしてホームへと入ってくる。

日の光を受けて、眩しいほどだ。



「うん!」










私はこうして、生まれ育った町を離れた。

自ら望んで、この町を離れたのだ。


不安がなかった訳じゃない。



見知らぬ街へ行く不安よりも、この町に留まり続けることの方が、私には苦痛だったのだ。


やり直せるものならば、やり直したかった。

全てを捨てて、始めからやり直したかった。



自分という存在を。

人生も、恋も全て。


もうこの地を踏むことはないと、この時はそう思っていた。