期待させたくない。
また俺の浅はかな行動のせいで、誰かを傷付けたくない。
臆病者と言われようと、俺は避けることに徹していたのだ。
茜の誘いに応じた理由は、これが最後だから。
茜と関わるのは、きっと今日が最後だと思ったから。
茜が俺の手を引いて、通路の奥へと連れていく。
人の目の届きにくい場所へと、茜が誘導していく。
勘違いしているらしい同級生の数人が、俺と茜を見て、何やらコソコソと内緒話をしていた。
(………ったく、こっち見んなよ。)
見世物じゃないんだ。
あれは絶対、勘違いしてる。
俺と茜が、まだ付き合っていると思っているか。
それとも、別れたことを知っていて、なお、よくない噂を流そうとしているか。
言いたい言葉を我慢して、喉の奥へと押し込む。
俺の制服の裾。
端の1センチを掴んでいる茜が立ち止まり、振り返る。
上目遣いで、俺を見上げる茜。
昔ならば惹かれていたその仕草も、今では何とも思わない。
意図的にやっているのではないかと、疑ってしまうほどだ。
振り返った茜が俺の胸元を指差して、照れた様子でこう聞いた。
「ユウキのこれ、欲しいの。」
「これって?」
「第2ボタン、私にちょうだい………!」
茜が指を差していたのは、俺の学ランのボタンだった。
上から、2番目に付けられたボタン。
俺にとっては、特に何の意味もないボタン。
やっぱり、と思ってしまったのは何故だろう。
こんなことを、頭のどこかで予想していたせいだろうか。
俺にとっては、よくないこと。
その予感は当たっていたのだ。
自分でも、恋愛に疎いことは自覚しているつもりだ。
人の感情を読み取ることが、そもそもそれほど得意ではない。
経験が少ないことも相まって、同年代の男よりもそういうことに関しては極めて疎いと言わざる得ないだろう。
でも、そんな俺にだって、分かるよ。
