「磯崎さんなら、もういないよ。」
「え?」
「天宮さんのことをいじめていた磯崎さんは、もう………うちのクラスの人間じゃない。」
初めて知らされた事実に、言葉を失った。
(磯崎さんが………いない?)
あの教室に。
私のクラスに、磯崎さんがいない?
そんなこと、知らない。
誰にも聞いていない。
知らないよーーー………
「磯崎さんは3年に進級する時に、転校したの。だから、3年1組には、磯崎さんの名前なんてない………。」
3年に進級する時。
それは、もう半年近く前のことだ。
そんなに時間が経っているのに、私は何も知らなかった。
知らされていなかった。
担任の佐藤先生も、そんなことは言っていなかった。
目の前にいる橋野さんだって、そのことを口にしたのは今日が初めてだ。
私は何も知らずに、隠れていた。
いじめに怯えて、紺野くん達の影に傷付いて、1人で閉じ籠もっていたんだ。
「て………んこう………?」
「そう。転校したんだよ、あの子………。」
あの磯崎さんは、もういない。
教室の中にも、この学校の中にも、どこにもいない。
すぐには信じられなかった。
橋野さんが嘘をつく人ではないと分かっていても、すぐにその事実を受け入れることは出来ずにいた。
歪んだ微笑みが浮かぶ。
私を何度も奈落の底へと突き落とした、磯崎さんの笑顔が。
愉快そうに笑うあの顔が怖かった。
あの子に怯えていた。
もう、あの子に怯えて暮らす必要はない。
あの子の影に怖がる必要もない。
橋野さんの目を見れば、分かる。
その真っ直ぐな瞳を見れば、嘘みたいなことが現実へと変わったことが。
磯崎さんがいない教室。
いじめの主犯が消えた教室。
果たして、私はそこに行けるのだろうか。
足を踏み入れることが出来るのだろうか。
その答えは、NOだ。
