さよならの魔法




頭を下げて挨拶していたのは、見覚えのある中年の女性だった。



白髪混じりの短めの髪をフワッと後ろへ流し、真っ白な白衣を身に纏うその人。


養護教諭。

どの学校にも1人はいるはずの、いわゆる保健室の先生だ。



(養護教諭の先生が、どうして………。)


授業中の廊下は、不気味なくらいに静かだ。

静けさに満ちた廊下で並び立つ3人。


お父さんは顔を上げて、こう言った。



「先ほどは、どうも。これから、娘がお世話になります。」


(どういうこと………?)


先ほど、ということは、養護教諭の立花先生とお父さんはこれが初めて話すという訳ではないことが分かる。


これから、娘がお世話になります。

お父さんが言う娘というのは、私以外には存在しない訳で。


何も聞かされていない私は、首を傾げるばかりだ。



「ねえ、お父さん………。」

「ん?」

「どういう………ことなの?」


震える声でそう尋ねる私に、お父さんは柔らかく笑ってこう告げた。



「ハル、お前は教室に行かなくても大丈夫なんだよ。」

「………!」


あの場所に。

忌まわしい記憶しか残らないあの場所に、行かなくてもいい。


嘘でしょ?

嘘、なんでしょう?



「教室だけが、勉強する場所じゃない………。今日から、保健室に通えばいいんだ。」


お父さんのその言葉に、手が震える。

声が震える。


お父さんの言葉は、私に衝撃を与えるには十分過ぎた。



「き、きょうしつ………、教室に行かなくても………いいの?」

「ああ。」

「ほんとに、本当に………大丈夫なの?」


ここに来るまで、ずっと気を張っていた。



誰かに会わないか。

誰かに見つかってしまわないか。


不安で。

不安で。

堪らなくて。



もう2度と、来たくないと思っていた場所。


怖かったんだ。

私、ずっと怯えていたんだよ。



磯崎さんに見つかったら、どうしよう。

紺野くんに会ってしまったら、どうしよう。


紺野くんと増渕さんが仲良くしているところなんてまた見てしまったら、今以上に心が壊れてしまっていたことだろう。