「あの……後ろのソイツは?」

「あぁ、そうでした。
 智に彼をお願いしたかったのです。

 廣瀬紀天。

 今年、転校して竣祐のジュニアになりました。
 紀天、彼は和泉智早【いずみ ちはや】。

 私や竣佑は、名前の一部をとって智と呼んでいます」


紹介されるままに、俺はお辞儀をする。


「智のドラムに魅了されていたようなので、
 良かったら紀天にドラムを教えてあげてください。

 講師が必要ならば、手配します。

 それでは紀天、楽しんでくださいね。
 智、後はお願いします。

 私はDTVTのスタジオにいますから」


優雅な口調で、たおやかな仕草をしたその人は、
時折黒い影をチラつかせながら部屋から出て行った。



「何?
 ドラム、興味あるの?」



壁にもたれて、ドリンクを飲んでいた智さんは、
手にしていたスティックをオレに投げて寄越す。


弧を描いて空を舞うドラムスティックを捉えたオレの目は、
地面に落とすことなく二つのスティックを掴みとる。



「いいよ、触って。
 とりあえず叩いてみなよ。

 何も考えずに、それで叩きゃ音は出るから」




促されるままに、
ドラムの前へと座るオレ。



未知の領域。



この日、このドラムとの出会いが
オレの未来を大きく変えていくことなんて
全く気が付くことすらないままに
夢中になってめちゃくちゃに叩いてた。



音楽って言えるもんじゃない。



ただ叩きたい音を叩きたいように
ドコドコ、力任せに叩いてるだけ。



だけどそんな時間がスカっとさせてくれて、
オレを新しく生まれ変わらせてくれるような
そんな錯覚すら覚えた。




その日から、時折……智さんのいる時間帯に、
この場所へ足を運ぶようになった。