「田頭【たがみ】有難う。下がっていいよ」



尊夜君はそう言うと、田頭GMは深々とお辞儀をして去っていった。



「さっ、どうぞ。
 レストランで食事でも」

「あっ、ごめんなさい。
 晩御飯は、紀天と『すき焼き』って決めてるから」

「頑固だね。
 その辺は昔から」

「ごっ、ごめんなさい。
 でも……先約は先約だから」

「了解……。

 晃穂ちゃんのこともわかってるつもりだよ。
 オレはな……。
 紀天のことも、晃穂ちゃんのことも一番近くで見てきた」


そう言って話し出した口調は、伊吹さんとしての瑠璃垣の堅苦しい話し方ではなくて
私たちが良く知る、弟の話し方で。


パッぱっと瞬時に切り替えることが出来る尊夜君。



「悪い。じゃあ、田頭にこの部屋に飲み物を用意させる。
 それならいいか?」

「それでお願いします」



そう言うと、受話器を掴んで尊夜君は何処かへ電話をして珈琲を二つ注文。
暫くすると部屋のノック音が聞こえて、
テーブルの上に丁寧に置かれると、また田頭さんは退室していく。



「どうぞ、ソファーに座って」



尊夜君に促されるままに緊張しながら座る革張りの高そうなソファー。


そんなソファーに遠慮げに腰掛けて、恐る恐る緊張に震える手でコーヒーカップを掴んで
一口飲み込む。



「砂糖とミルクもあるけど?
 ブラックは飲めないんでしょ。無理しなくてもいいけど」


あっ、苦すぎると思ったら砂糖もミルクも入れ忘れてたなんて。

どれだけ緊張してるのよ、私。




「あっ、ごめんなさい」


慌ててカップをソーサーの上に戻そうとしながら、
珈琲の中身をソーサーの上に少し零してしまう。


あちゃっ、何やってんだろ。




「もう、晃穂ちゃん慌てすぎやから。
 落ち着けって」



そう言いながら、尊夜君はティッシュで零した私の珈琲をふき取っていく。



どうしていいかわからなくて、自分自身が情けなくて
ただ座ったまま、その場所で俯く。