「ご、ごめんなさい! 私…」

「いいよ、どうせそのうち俺が突っ込んでただろうし。あっち?」



消え入りそうな声で言ったロゼに、イアンは気にしていないと告げてロゼの教えてくれた方向へ目を向けた。

頷いたロゼは、掴まれたままの腕を見て何とも言えない気持ちになる。


何にもわからないまま、いきなり走り出した自分を必死に追いかけてきてくれたのだろう。


そのうち突っ込んでいた、なんてのも、先ほどまでの彼からしてきっと嘘だ。

最初はそうだろうと思っていたが、彼は自分を気にして一切そんな動きは見せなかった。



「ありがと、イアン…」



呟くようにしか言えない自分に悲しくなりながら、ロゼはせめて感謝の気持ちが伝われば、とイアンの自分より大きな手に小さな手を重ねた。



「ん? あ、いや、あ、腕、ごめん」



それでようやくイアンも状況を思い出したのか、細い腕からぱっと手を離して少し目を泳がす。

その意味はわからなかったらしく、ロゼはきょとんとしてから別に痛くなかった、と見当違いなことを言った。



「いや、うん…、いいや、行こう」



何となく気まずく思いながら、それを振り払うようにイアンは彼女の前を歩き出す。

彼がしっかり剣に手をかけているのを見て、ロゼは少し頬を緩めた。



「イアンって実は結構しっかりしてるのね」

「ロゼ、それって褒めてるのか?」



そんなやり取りをしつつ、二人は警戒を緩めずに森の奥深くへ入って行く。

立ち並ぶ木々が、風と共にざわざわと揺れる。


それはまるで、誘い込んでいるようでもあった。